minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

7

  マイナークラブハウスの飛天山観光

 

 

 翌日は、みんな好きなように、バラバラに過ごすことになった。

 連日歩き回って、疲れが出てきた人もいたし(僕ですがなにか?)、受験生3人は、少し勉強もしておきたいらしい。

「じゃ、オイラちょっと、ひとりで出かけてくる。行きたいとこあるから……」

 と言ってぴりかちゃんが、てってこ駆け出していく。麦わら帽子を被った小さな後ろ姿を、海斗は縁側から、太賀とヘボな将棋を指しつつ、眩しく見送った。

「……ひとりで行きたいとこって、どこだろうねえ。」

 と、海斗がニヤニヤ笑いながら言うと、向かいに座った太賀が、

「やっぱり、あれじゃないかな。ダのつく大きな鳥。」

 と、同じ笑いを浮かべながら言う。それに覆いかぶせるようにして、将棋盤の脇に立った守屋が、ぽつんと呟く。

「逢い引きじゃないといいけど。」

「…………。」

 なんだよそれ、と顔をしかめながら、守屋の顔を見上げる。

「大丈夫か……民話では、男女が逆だもんな。隠れ里の神隠し伝説は、男が婿に取られる話だし……あ。でも天狗伝説のほうは、鴉天狗が里の娘に懸想して、攫いに来るのがあったか。でも、その伝説と飛天大明神にはなんの接点もない……あ。鴉天狗と、からすへび……? 後づけの大明神の前身が、その天狗だったという可能性……うーむ……」

「おい……」

 なんだか、わけのわからないイライラが募ってくる。太賀と二人、のーーーっと立ち上がって、守屋の襟首をホラーっぽくつかむ。

「なにをぶつぶつわけのわかんないこと言ってんだよぉ……」

「神社オタク兼民話オタクかよぉ。守屋、歴研入ったほうがよかったんじゃないのぉ……」

「あっ。いえ。僕はその、今までやってこなかったことにチャレンジを」

「どーでもいいんだよ! なんなんだよ、さっきからぶつぶつ言ってるのは!」

「いえ、ちょっと。畠山先輩が、飛天山の神に攫われたりしないかなーって」

「いるわけないだろうそんなもの!!」

 二人掛かりで、ほとんど声を揃えてちからいっぱい怒鳴りつける。

 スミマセーン、と守屋が逃げてしまった後、一応、また将棋盤の前に座り直す。が、今がどっちの番だったのかすっかり忘れてしまったし、それを考える気がそもそも起きない。

「……高杢。」

 と、太賀が将棋盤の脇に、すでに駒をかき集める形で手をついて、尋ねてくる。

「ダチョウ牧場って、どんなか気にならない?」

「なる。僕も、興味が湧いてきたところだったんだ。」

 大急ぎで片付けて、観光地図を持って、外へ出る。

 

「……誰も来とらんぞ。」

 と、ダチョウ牧場の若き主、『古田のあんちゃん』が、意外そうな顔で応える。

 柵の向こうに、ダチョウの首が、ずらーっと並んでいる。なんというか……かわいくない。不気味だ。こんなものを見に、なんでこんなに人が集まってくるのだろう。

「おまえらの年頃の客は、ひとりも来とらんと思うが……ぴりかちゃん、てあれじゃろ。あの、走ってった子じゃろう。」

「そうです。『だチョー!』の彼女です。」

「ここを見に来ると言うとったんか?」

「いえ……多分、ここじゃないかなーと思っただけで……」

「来とらんのう。」

 お兄さんエサちょうだいな、と、小さな女の子を連れたお母さんがやってきて、100円玉を差し出す。

 古田さんが、野菜クズの入った洗面器を、女の子に手渡す。途端にダチョウどもが、押し合いへし合いして、首を突き出してくる。女の子は、あまりの勢いにびっくりして、洗面器を放り出して、お母さんのところへ逃げてしまった。

 落ちたエサを、柵からぐいっと首を伸ばし、だだだっと猛烈な嘴チョップで奪い合う、ギョロ目のダチョウたち。

「うはあ……グロい。」

 あまり鳥類が得意ではない、という太賀が、顔を青くして呟く。

 

 村の中心部には、観光客がかなり大勢いた。

 想像してたのとだいぶ違うな、と海斗は思う。小学生ぐらいの頃は、飛天山と言えばUFO伝説か、天狗伝説のイメージしかない田舎だったけれど、これではすっかり、おしゃれな高原のリゾート地である。

「こういうの、瑛一さんが『ウシカフェ』を開いたところから始まったのかなあ。」

 観光地図を眺めながら、太賀が呟く。

「そうかもね、すごい影響力ありそうだもん。あの人がなにか始めたら、村中の青少年が、我も我もとついていっちゃうんだよ、きっと。」

 地図と実際の場所を見比べながら、海斗も応える。昨日行った観光果樹園や、農産物の直売所なんかは、ずっと昔からあったような感じだが、酪農家直営のチーズ屋さんやアイスクリーム屋さん、トンボ玉を作らせてくれるガラス工房、草木染めの毛糸を作っている綿羊の牧場、釣れたらその場で塩焼きにしてくれるニジマスの釣り堀などなど、工夫のある新しい店が、たくさん立ち並んでいる。

 だが、ぴりかちゃんは見つからない。

「もう、一昨日のトレッキング以上の時間を歩いてるね、僕ら……」

 日焼けした顔に滴る汗を、Tシャツの袖で拭いながら、太賀が疲れ切った声で言う。

「うん……。どうする? 戻る?」

「そうするか。もしかしたらぴりかちゃんも、もう帰ってるかもしれない。」

 せっかく来たんだし、と、ソフトクリーム屋さんで、昨日ゴーヘーたちが食べたのと同じ『飛天牧場の濃厚ミルクソフト』をひとつずつ買う。それをぺろぺろ舐めつつ、

(……どうか、無事に帰ってますように。)

 そう胸の中で呟いて、牧草地に挟まれた長い一本道に踏み出した途端、

「ほーい! たかもくーん! たーがくーん!」

 どどどっ、という地響きとともに、草原の向こうから……馬が2騎、駆けてきた。

 先頭の、黒い大きな馬の上には、白い顎髭を胸まで垂らした、まるでどこかの騎馬民族の長老様みたいな、いかめしい顔つきのお爺さん。

 続く栗毛の小さな馬に、誇らし気に跨がっているのは……

「やや? 二人とも、なーんかいーもの食べてるねー!!」

「……ぴ」

 名前を呼ぶヒマもなく、二人の側をびゅんと駆け抜け、また遠ざかっていく。

 どどどっ、どどどっ、どどどっ……という蹄の音が次第次第に遠ざかり、手に持ったソフトクリームが融けて、

 ……ぼとっ。

 と地面に落ちるまで、海斗と太賀は、なにもコメントできなかった。

 

 

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