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マイナークラブハウスの果物狩り
「いいってば!」
と、紗鳥ちゃんが断固拒否する。
「いくねーよ!」
と、ゴーヘーが目を吊り上げて怒鳴り返す。
また、揉め事である。ゴーヘーが紗鳥ちゃんの手首をつかまえて、それを紗鳥ちゃんが、必死に振りほどこうとしている。
原因は、みんなで観光果樹園の入り口までやってきたところで、紗鳥ちゃんがひとりで帰ると言い出したこと。
時間無制限で、ぶどう、桃、梨、サクランボに、各種のベリーが食べ放題、おひとり様1500円也、の入場料が、どうも彼女にとっては、払い難いものだったようだ。紗鳥ちゃんの家庭の事情については、6月頃の家族乱入事件以来、桃園会館のほぼ全員が知るところであったから、本当なら「果物狩りに行こう」という話の出た段階で、誰かがそういうことを、気にかけてあげるべきだったかもしれない。
でも、誰も気づかないまま、ここまで来てしまった。
「そりゃ、八雲くんにとってはたいしたことない金額なんでしょう、だけど」
「金額問題じゃねー、全然ねー!」
「そうじゃなく、わけもなくお金出してもらって、平気でいられるはずが」
「へえー、じゃここでひとりで帰るのは平気なのかよ、それで俺らが」
「とにかく、帰る!」
「ふざけんな、バカ!」
もうお互い、相手の言い分を聞いていない。
「こういう問題に、正解ってないんだよなー……」
と、ヤマダ先輩が切な気な表情で、ため息まじりにぼそりと呟く。
「……どうする? 全員で帰る?」
と、三浦先輩が残りのメンバーに、小声で尋ねてまわる。
「いやー、それだと彼女、余計気にしちゃうでしょ。」
「他のとこ行く? もっと、安いレジャー探してさ。」
「今から変更したんじゃ、気に病むのは一緒のような気が……」
「じゃあ……どうしようか……」
うーむ、とみんなで考えこんでいると、ぴりかちゃんがてくてくと、二人に向かって歩いていき、ふんぞり返って呼びかける。
「ゴーヘー!」
「なんすか!」
ぴりぴりした雰囲気のまま返事したゴーヘーに、急にへこっと頭を下げて、
「オイラも金ないのー。」
「あー、どうぞ。勝手に取ってって下さい。今、取り込み中なんで。」
紗鳥ちゃんの手首を放さないまま、ゴーヘーがひょいっと尻を、ぴりかちゃんのほうへ突き出す。ぴりかちゃんはゴーヘーの尻ポケットから財布を出し、札を抜き取ると、
「ありがとー! ひゃっほー、ブドウブドウー!」
と叫ぶや、電光石火で入場料を払って、果樹園の柵の中へ飛びこんでいってしまった。
「お……おーい、ぴりかちゃーん……」
残りのメンバーも、ゴーヘーたちを気にしつつ、ひとりひとり中へ入る。気になって、最後のほうまでぐずぐずしていた海斗の袖を、沢渡先輩がつんつんと引っ張る。
「ほら、入りましょ、高杢くん。」
「で、でも……」
「いいからいいから。」
入り口を潜って、二人の姿が見えなくなったところで、沢渡先輩は、
「……あとはゴーヘーくんにまかせましょ。」
と、意味ありげににんまり笑い、自分もさっさと奥へ行ってしまう。
(あ……そういうことですか。)
相変わらず、自分の鈍さに、ほとほと感心する。
結局二人はそのまま、果樹園には入ってこなかった。
日暮れ頃に、やっと帰ってきた。ずっと村の中を、ぶらぶらと歩き回っていたらしい。
「途中にソフトクリーム屋あったから、買おうとしたら、金ねーでやんの。仕方ないから内田に奢ってもらったっすよ。なー内田ー?」
言われて紗鳥ちゃんが、困ったような、怒っているような、なんとも言えない表情でゴーヘーを見返す。そう言えばぴりかちゃん、札を抜いた後、財布をそのまま持ち去ってたっけ。わざとかうっかりか知らないけど。
「すまぬすまぬ、はいこれ、おみやげ。」
と言ってぴりかちゃんが、箱詰めした桃を二人に差し出して、ぺこりと頭を下げる。
「あ、ども、ありあとやんす。」
「ゴーヘーの金で買っといたし。」
「なんすかそれは。みやげって言いますか普通?」
それから二人は、縁側に座りこんで、仲良く桃を食べ始める。
紗鳥ちゃんが一生懸命、桃の皮をきれいに剥いていく……その手つきを、ゴーヘーが子供みたいな顔をして、黙ってじっと見つめている。
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