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マイナークラブハウスのカマド焚き
翌朝、目を覚ますと、仏間の座卓の上に、天野からの置き手紙があった。
『 祐介と一緒に、本宮家の仕事を手伝いに行
きます。夕方には戻ります。皆さんはご自由
にお過ごし下さい。 天野』
「……ただでさえ、字が活字みたいだってえのに……」
と、心底呆れ返った口調で、ヤマダ先輩が呟く。
「なーんで真っ白い紙の上に、原稿用紙みたく縦書き20字で改行して書くかね、あの男は! いったいどういう精神構造をしてるんだ!!」
「あいつのノートってぇのも、スゴイですよー。5ミリマスの中に、1文字1文字埋めてくんです。パッと見、ノートなのか本なのかわかりませんからねー。」
「そう言えば、天野先輩って階段の踊り場、90度、90度で曲がりますよね。」
「バカだな。」
「バカだ。」
そう結論づけて、手紙を畳に放り出す。
みんなで、朝食兼昼食を作る。
天野家の台所は、昔の農家の土間に、半分だけ床を敷いて現代風の流し台を据えつけてあって、江戸と昭和の折衷、みたいな感じ。この設備で自炊するということが、すでにひとつのイベントである。
海斗はくじ引きで負けて、土間でカマドの見張りをすることになった。お釜が噴いたら、薪を少しかき出して、火を弱くする……ただそれだけの役目なのに、
(ゴハン焦げたらどうしよう……。)
と思うと、なんだかずうぅぅぅんとすごいストレス、すごい責任重大な感じがする。
「これまだ、噴いてませんよね?」
「まだいいですよね、大丈夫ですよね!?」
と、おろおろ何度も聞きにいっているうちに、とうとう福岡さんが、
「あーもう! これじゃ見張りに見張りが必要じゃないの!」
と言って、一緒に土間へ降りてきてくれた。
「高杢、セイちゃんと同じ部屋に、もう1年以上も一緒に住んでるのよね……。」
半分は海斗に、半分はカマドの焚き口に話しかけているような半端な角度で、福岡さんが呟く。
「ええ……まあ。もうそんなになりますか。」
と、海斗は応える。同学年だというのに、未だに福岡さん相手に、タメ口がきけない。
「普段、どんな話してんの?」
「えっ?」
もしかして……この質問をするために、手伝いにきてくれた……?
気づいて海斗は大急ぎで、己の記憶をかきまわす。なにかないか。今ここで、福岡さんに教えてあげられる、彼女の喜ぶようなエピソード。
できるだけなんでもなーい顔をして、カマドを見つめて待っている福岡さんの横顔をチラ見しながら、必死になって思い出そうとしたが……なにも見つからない。焦れば焦るほど、見つからない。
「……なにも話さないの?」
「いや、そんなこともないんすけど、なんか……思い出せない。」
「はぁ?」
「いや、多分、そんなに深い話とかしてないからだと思うんすけど。事務的というか、日常生活で必要なことをちょこちょこっと、話すくらいで……。食事と風呂が終わると、あいつずーっと勉強してるし、消灯15分前にはもう寝室に籠って、しーんと静まりかえっちゃうし。多分、すぐ寝てるんだと思うけど……」
「ふぅーん……」
つまらなそうに言って、そっぽを向く。別にそんなこと、どうでもいいんだけどね……とでも言いたげな、気だるい表情。
その表情を見て、海斗の胸が、きゅうっと痛む。
この福岡さんに、こんな演技をさせてしまって……それが全て、自分の至らなさのせいのような気がして……
「な……なにか思い出したら、後で、その……」
「いいわよ、別に。」
「あ。岩村先輩なら、なにか聞いてるかも。食事の時なんか、よく……」
「いいったら。」
それと同時に、お釜の蓋がかたかたと踊りだしたので、
「ほら、噴いた。ここで弱火。」
と言って、カマドから一歩下がる。タイミングを教えてくれるだけで、作業まで手伝ってくれるつもりはないらしい。そりゃ、そうだよね。
火のついた薪を、大急ぎで取り出していると、背後に立った福岡さんが、またぽつんと呟くように尋ねる。
「……ぴりかの話なんて、出る?」
「へ?」
変化球でも投げられたような心持ちで、素っ頓狂な声で聞き返して、振り返る。
しばらく、ぽかーんとした顔で見つめているうちに……急に福岡さんの顔が怒りだす。
「ほら、火っ! さっさとしないと、底が焦げちゃうでしょ、バカっ!」
「あわわ。」
大慌ての海斗が薪と取っ組み合っている間に、後はもう一言もなく、上がり框から奥へと消えてしまった。
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