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マイナークラブハウスの天然温泉
そんなことがあったせいだろうか、歩いている間中、ぴりかちゃんは静かだった。
不機嫌だったとか、それでみんなを気まずくさせたとかいうことではない。元気に歩き続けていたし、折り返し地点の、足湯のできる岩場の温泉にみんなで足をつっこんだ時には、気持ち良さそうに鼻歌など歌ってもいた。
帰路でモミジイチゴという、野生のベリーを発見してみんなで食べた時には、一粒ずつ大事に口に入れながら、たいそうご満悦のご様子だった。
それでも、なんというか……いつもと違っていた。表情が物想わし気とでもいうか、ひどく生真面目で、淋しそうだった。
「時々そーゆー顔しますよ、あのヒト……」
露天風呂に浸かりながら、ゴーヘーが呟く。いつもいつも突っ立っている髪が、濡れてぺたんと張りついて、こいつもなんだか、別人みたいだ。
「てゆーか、そっちが本性なんだと俺は思いますね。普段、無理こいてるんですよ。」
「無理ぃ?」
と海斗は、素っ頓狂な声で聞き返す。
「普段、僕らが見ているぴりかちゃんが、自然体じゃないってこと?」
「多分。」
「なんで?」
「気ぃ遣ってんじゃないすか。」
「誰に?」
「さあ。」
投げやりに言って、ざばっと湯をはね散らかす。昨日、日帰り入浴券をもらった『菊野旅館』の露天風呂は、100%源泉掛け流しの重曹泉。しばらく浸かっていると、体中の毛に小さな気泡がくっついて、なんだかくすぐったい。
「……じゃ、ぴりかちゃんは僕らと一緒にいて、しんどいってこと?」
「いや。そこは、いないほうがしんどいでしょ。」
「なんで? 気、遣ってるんだろ、ゴーヘーの分析によると。」
なんとなく、責め立てるような口調で言ってしまう。ゴーヘーも、ちょっとイラついた返しかたをする。
「使ってないとヤバいんでしょって。」
「ヤバいって……」
「俺にもわかんないすよ。でも、ヘタに素に戻してやろうとか、考えないほうがいいっす……ミツアキでダメだったんだから。」
最後のほうは、独り言に近かった。湯から出て、噴き出し口のまわりに置かれた岩の上に這い登り、空を見上げる。
「あー、風、気持ちいー。」
「裸でなにやってんだよ……」
呆れた声で言ってから、自分も相当、のぼせてきていることに気づく。湯から出て、隣の岩に腰掛ける。
「……そういえば、ミツアキ元気?」
そう聞いてみたが、ゴーヘーは黙ったまま、返事をしない。
聞こえなかったのかな、と思って、もう一度口を開きかけた時、
「会ってないっす。」
と、遠くを見つめたまま、ぽつりと呟く。
「5月頃、専門学校やめて……。施設出て、働くって言ってたんすけど。それ以来、なーんも連絡ないっすね。」
「働く? なんの仕事?」
「さあ。」
「携帯とかは?」
「持ってなかったす。」
「施設の人は? 引っ越したんなら、住所は知ってるはずだろ?」
「…………。」
そこまではしたくない、と、口では言わなかったが、その沈黙が言っている。
向こうは、ゴーヘーの住所も、携帯の番号も知っている。会いたければ、直接、桃園会館へ遊びに来たっていいのだ。
それなのに、一切の接触がない。
「……ノンキっすよね、俺ら。」
もう、海斗に話しているとも、独り言ともつかない調子で、ゴーヘーは続ける。いつも通りのおざなりな敬語のまま、だけど、聞こえるか聞こえないかというくらいの大きさの声で。
「世界中に、こんな、15、6歳にもなってカラダいっちょまえになっても、まだ生活のこと考えないでいられる野郎って、何割くらいいるんすかねえ……」
そんな重たい問いを投げるなよ、と海斗は思う。
僕なんか、ハタチを過ぎたって、30になったって……ちゃんと自分で自分の生活を作り上げられるかどうか、自信ないよ。
ミツアキが働いている……なんの仕事だろう? 施設を出た、ということは、どこかに部屋を借りて、一人暮らしをしているということになる。そうやって、生活しながら……ギターなんて、弾き続けていけるものなのだろうか?
「八雲くーん。そんなとこ登って、なにしとんのー?」
向こう端で喋っていた吉田と守屋が、ざばざばと湯船を横切って近づいてきた。途端に、ゴーヘーはひょいと岩の上に立ち上がり、額に手をかざして、板塀の向こうに目を凝らす。
「うーん、惜しいっ。高杢先輩、残念ながら女湯、見えそうで見えないっす。」
「バカ! 僕は……」
へーえ、とシラケたような目をして、吉田と守屋が海斗を見つめる。
「違う! 違う! 僕はなにも言ってないよーっ!!」
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