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マイナークラブハウスのトレッキング
細い林道を、1列になって歩く。
先頭は、道を知っている天野。2番手に、当然のように福岡さん。その後を、海斗と太賀が続く。
僕以外では、どれくらいのメンバーが気づいているのだろう……。きらきらの木漏れ日の中、坂道を一歩一歩踏みしめて歩く、福岡さんのきれいな後ろ姿を眺めながら、海斗はぼんやりと、そんなことを考える。
福岡さんは、天野が好きだ。海斗は、彼女がその状態に落っこちた瞬間を見ている。だから知ってるんだけれど、他のみんなはどうだろう。
確かに二人は、よく一緒にいる。でも、ずーっといい雰囲気だったりはしない。たいてい会話が、途中でこんがらがって、福岡さんの口調がトゲトゲしくなっていく。
「そーゆー意味じゃないったら。」
「あのさ、いったいどうひねったら、そういう発想出てくるわけ?」
「ポイントはそこじゃなーい!」
怒られても怒鳴られても、天野はあの表情を変えない。たまに少しばかり、困惑したような感じで首を傾げたりもするけれど、基本的には延々、淡々と対応し続ける。
結局最後には、福岡さんが諦めて、
「……もういい。」
なんて言いながら離れていく。だから見方によっては、福岡さんは単なる『世話好き』に見えないこともない。それも、手に負えないほどの変人、専門の世話好き。
ちらっ、と福岡さんが後ろを振り返ったので、海斗は思考内容を読まれたような気がして、胸がドキッとする。だが、福岡さんはすぐに前に向き直り、
「セイちゃん、ペースダウン。最後尾が遅れてる。」
と報告する。
山登りは、立ち止まってはいけない。常にいちばん遅い人に合わせて、同じ足並みで、着々と歩き続けるのが疲れないやりかたなんだそうだ。だから、いかにも体力のなさそうな海斗と太賀、三浦先輩といった辺りが、列の前のほうに固められている。
最後尾、今、誰なんだ……?
「うわ、スっゲーっ! こんな長げーヘビ見たことねーっ!!」
ずっと向こうの岩陰で、ゴーヘーが叫んでいる。
そして、その前にいたぴりかちゃんが、完全に道をそれて、薮の中に入っていこうとしているところだった。
「愚か者!」
短く叫んで、天野が走る。ごっ、とつむじ風が、海斗の脇をすり抜ける。
福岡さんも、慌てて後を追う。それで全員が回れ右して、ばたばたとぴりかちゃんたちのところへ戻る。
下り坂を走るのは難しい。辿り着いた時には、天野はとっくにぴりかちゃんの腕をつかんで、林道まで引き戻していた。
「痛いってば! 放して! なんにも悪いことしてないじゃない!!」
「こんな場所で蛇に噛まれて、誰にも迷惑をかけずに済むと思うのか。」
この二人の揉め事は、すでに桃園会館の風物詩。初めて目の当たりにした時は仰天していた新入生たちも、今では「テレビで『トムとジェリー』やってるー」くらいの感覚で、平然と眺められるようになっている。しかしこの時は、いつもと雰囲気が違っていた。
「蛇の種類くらい知ってるもん! 横のシマシマじゃなかったもん! ぜったいにマムシじゃなかったんだもん!!」
ムキになって喚くぴりかちゃんの目に、うっすらと、悔し涙が浮かんでいる。天野は天野で、いつまでもぴりかちゃんの手首をつかんだまま、
「毒蛇でなければ迂闊に近寄っていいのか。貴様が噛まれた後、その蛇が逃げ去って種類が確かめられなければ、いずれにせよ大急ぎで山を下らねばならなかったのだぞ。」
と、説教するその口調が、いつもより格段にねちっこい。
「噛まれなかったもん。」
「運が良かったな。」
「あの人、噛むつもりじゃなかった。」
「戯言を言うな。」
「ホントだもん! まっくろい蛇さんだったもん。まっくろいのは、シマヘビの変種だって知ってるもん。シマヘビの人たち毒ないもん!!」
「事実シマヘビだったとして、無毒の代わりに気は荒い。迂闊に近寄れば、確実に攻撃してくる。それに……こんな明るいところから薮の中を眺めれば、たいていの蛇は、黒く見える。」
「違う違う違うーっ!!」
泣き喚きながら、手を振りほどこうと暴れるぴりかちゃんを見て、さすがにみんな、少々慌て始める。
「ちょっと、ね……もう、いいじゃないすか天野先輩。」
「わかったから、おまえ正しいから、いいからちょっと放せって。」
「ぴりかちゃんもさー、ここは素直に折れて……実際、あれは危険な行為だったと思うよ、僕から見ても……」
てんでに声をかけるが、当の二人はもう、完全に戦闘態勢だ。今にもつかみ合いのケンカが始まるかと思ったその時、
「神の使いだったんじゃないでしょうか。」
と、ウクレレ部のニューフェイス、守屋がぽつりと呟いた。
「……一般的に、山の神のほとんどは女神ですが、飛天山には例外的に、その息子としての飛天大明神がいて、この飛鳥峰をまかされていることになっています。『大明神』という名称からして、これもあの安土桃山時代の、独鈷の形の物体が降り立ったという伝承と同じく、土地の支配権に絡んで作り出されたシナリオなんでしょうが……ともあれ、その飛天大明神の使いというのが、『からすへび』と呼ばれる漆黒の蛇だったように思います。畠山先輩、もしかしたらその神に、見初められたのかもしれませんよ。」
……ぽかっ、とした間が空いてから、
「あっ。なーんて。いえ、ちょっとそんなことを……」
と、てれてれに照れて頭を掻きはじめる。
「……なんだよ、守屋。」
「おまえもしかして、神社とか神道のオタクだったの?」
みんなが呆れた笑い声をたてて、それでなんとなく、緊迫した空気が弛んでいく。海斗ももちろん、一緒に笑った。そしてもちろん、それは半分以上、意図的な笑いだった。
「……二度と、バカなまねはするな。」
忌々し気に呟きながら、天野がぴりかちゃんの腕を放し、また林道を登り始める。
「オイラ、バカだもん。」
解放された手首を、今度は自分で握りしめながら、ぴりかちゃんが言い返す。
「生まれつき、バカだもん! 生きてる限り、バカなことっきゃできないもーん! ぷーんだ!!」
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