minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

2

  マイナークラブハウスのひそひそ話

 

 

 フトンに横たわって、電気を消してしまってからも、なかなか興奮が冷めない。この、蚊帳ってのが、すごくいい雰囲気。

 開け放した縁側から流れこんでくる、山の夜の冷たい空気……なんてすがすがしいのだろう! タオルケットをお腹に巻いていると、ついついあっちこっちごろごろ転がって、そこでぶつかった奴と、ひそひそお喋りを始めてしまう。

「なー。今日のユースケの反応って、なんかすごい予想通りで、おかしかったね。」

 枕を胸の下にかいこんでいた太賀に、海斗はそんなことを話しかけてみる。

「あれは、福岡さんが悪いよ。他の情報を一切伏せて、写真だけ見せるんだもん。」

 襖の向こうの、女の子たちの寝ている部屋の方をちょっと気にしながら、太賀も声をひそめて言う。

「誰だって期待するさ。僕は少し、あいつが気の毒だったな。きっとなにか、すごくきれいな夢を見てたんじゃないかと思うと……」

 そう言ってから、慌てて襖のほうを見る。女の子たちは女の子たちで、やっぱりひそひそ話をしているみたいで、なにか、笑い合っている気配がする。大丈夫、聞こえていない。

「……高杢はさ、」

 一層、声を落として、太賀が言う。そして、襖のほうだけではなく、男子一同の様子も、ぐるっと見回す。

 右隣の遊佐と三浦先輩は、すでに高鼾。左隣の天野も、眠っているかどうかはわからないが、じっと目を閉じている。1年生たちは反対側の隅っこで、別のお喋り。ヤマダ先輩とゴーヘーはまだ起きていて、隅っこに寄せた座卓についてウィスキーを飲みながら、懐中電灯の灯りで本気のポーカーをやっている(札飛んでます、ヤバイです……)。
「高杢。ぴりかちゃんのこと、好きか?」

「…………。」

 いきなり、なにを言い出すのだ?

 心臓バクバクで目をしろくろさせていると、太賀は苦笑いを浮かべて、勝手にどんどん喋りだす。

「僕は好きだな……大好きだ。別に彼女にしたいとかじゃなく……でも、友達として、部活の仲間としてなんていう、一般的なところでもなく……なんなんだろうなあ、自分でもよく、わかんない……ん、だ、け、ど……」

「……なんだよ、いったい。」

 と、つっこみはしたが、なんとなくわかる。

 太賀の感じていることは多分、海斗の感じていることと、似通ったなにかだ。あの『キュウリ事件』の時、天野におしりをひっぱたかれたぴりかちゃんが、海斗の腕の中に飛びこんできて以来、ずっと胸の中に存在している、ほっこりあったかい気持ち。

「あのさ、横山とか津本とか、いるじゃん? あと、サッカー部の野々村とかさ。」

 と、今、海斗と太賀がいる2年7組の、男子の中心人物たちの名前を持ち出す。

「あいつらが、どうかした?」

「この前……つっても、もうホント、だいぶ前だけど……。6限体育のあと、用具の片付け当番で、遅くなってから着替えに行ったんだ。そしたらロッカーの向こう側で、あいつらが話しこんでて……まあ、いわゆる、そのテの話ね。」

 うんざりした顔で、きゅっと眉をひそめる。

「学校中の女子を好きなようにできるとしたら、誰にどんなことをするか……そういうのを、デカい声で話しててさ。ほとんどはよく知らない子の名前だったし、まあ、早く着替えて出よう、と思って。そしたら誰かが言い出したんだ。畠山って、性格あり得ねーけど、見た目は良くねー? みたいな、そんなことを……」

「むっかー……」

「僕もそう思った。むっかー、って。それで、なんていうか理性飛んじゃって。顔しかめながら、つい最後まで聞いちゃったんだけど……。」

 言い辛そうに黙りこんでしまった太賀を、聞きたいような聞きたくないような気持ちで、そっと促す。

「……で?」

「『殺したいタイプ』。」

「……なにそれ?」

「なんだってさ……レイプするにしても、ただいやらしいことの限りを尽くすとかじゃなく、殴ったり蹴ったり、小便かけたり、爪剥がしたりして……もう、人間としての尊厳を全部剥ぎ取るところまで、いじめ尽くして惨殺したい……って。」

「…………。」

「なんか全員、エロ話ハイ、みたいな状態に陥っててさ。興奮してて。あーわかるわかるって。それ、やったらなんか、すっげーカタルシス得られそー、って。僕は……」

 そこで二人は、もう一度顔をあげて、部屋を見回す……。大丈夫、みんな、さっきと同じだ。誰もこっちを気にしていない。

「わかる、と思ったんだ……。誤解するなよ。そういう人間の心理がわかる気がしたってだけだ。もし、なにか特殊な事情のもとに、それをやっても全く罪に問われない機会が訪れたとして……奴らは、本当にやるだろう。集団でね。そうしてぴりかちゃんを殺したことによって得たカタルシスで、なにか……なにか、イニシエーションを通過したような……ひとかどの男になったみたいな気分で、それから後の人生を、実り豊かに歩むような気がする。真面目に仕事して、社会に貢献して……」

 くっそおおおー、とヤマダ先輩が控えめな悲鳴をあげる。ポーカーの勝負がついたらしい。ゴーヘーが、ししししし……と、控えめな勝利の笑いをあげる。

 二人が洗面所に出ていった後で、海斗がつなげる。

「それって、南の島の祭りみたいだな……。前、高橋先輩に貸してもらった本で読んだ。島の若い男が、全員でひとりの女の子を殺してバラバラにして、その肉片を、島中の畑に埋めていくんだ。そうしないと、作物がちゃんと育たないんだって。ていうか、そもそも人間の食べる作物っていうのは、すべて昔殺された女神の死体から生じたって信じられていて、その場面を時々、繰り返す必要があるんだって……」

「ハイヌウェレ型神話だろう? 僕も読んだ。ひとりの女の子を、よってたかってレイプする男たちには、なんの罪もないんだ。なにしろ、みんなの大事な祭りだからね。もし、その状況で女の子が、私は神じゃないから殺されたくない、なんて言い出したら、そっちこそ、共同体に対する最大の罪になってしまうんだろう。それと同じように……ああ、多分、こいつらにはなんの罪もないんだろうなあー、って。妙に、納得して……」

「ここは日本だぜ。一応、先進国だ。」

 と、海斗は、空しい反論であることは充分承知の上で、一応口に出す。太賀はもちろん、予想通りの切り返しをする。

「根っこは同じさ。そりゃ、実際にやってバレれば、法律で裁かれるだろうけど。でも、そういう被害に遭った女の人に、そんな気にさせたおまえが悪いなんていう風潮は、まだまだ普通に罷り通ってるし、イジメだって大抵、やられるほうに問題があるって言われる。血塗りの儀式って、まだ必要なんだよ、きっと……。」

 ぱたぱたと足音がして、ヤマダ先輩とゴーヘーが戻ってくる。まだまだ、あちこちで、ひそひそ話は続いている。女の子たちの部屋から、くくく……と忍び笑い。

「……そんなことさせない。」

 さすがにくっつきそうになってきた瞼を押し上げながら、海斗は、ぽつんと呟く。

「僕の力じゃ、どこか別の場所で、他の誰かがそんな目に遭うことまで、全部阻止したりはできないけど……でも、ぴりかちゃんは……」

「僕が守る。」

 と、太賀がすかさず言う。

「わーお。」

 話でかいんですけど……と海斗は思い、感嘆の声をあげる。太賀も、同じことを思ったのだろう、鼻先で、くすくすと笑いながら言う。

「なんかもう半分、夢と妄想が混じってるね……」

 海斗も、笑いながらつなげる。

「うん。なんだろうねこういうの……合宿効果かね……」

「でも……ホント、そう思うんだ、僕は……」

「うん、わかる。僕だって……」

 後はもう、口が重くて動かない。でも、海斗は、心の中で宣言する。

 僕は多分、ぴりかちゃんとつき合ったり、結婚したり、そういう関係になりたいわけじゃない。だから、一生守ってあげたりは、もちろんできない。

 でも、こうしてこのメンバーで、一緒にいられる限りは……他の誰かの生け贄になんか、命に代えても、絶対にさせないぞ……。

 やがて、みんなのお喋りがやみ、部屋の中は、しーんと静まり返る。

 いよいよ意識、眠りに落ちなんとす、のその瞬間、隣の部屋から、最後のあがきが耳に飛びこんできて、海斗はまたふっと覚醒する。

「そーいえばさー、ねー、タキー……」

「…………。」

「タキー? 寝ちゃったー……?」

「……なによぉ……」

「タキはさー、『聖☆おにいさん』イエス派ー? ブッダ派ー?」

「寝ろ!!」

 福岡さんの怒鳴り声に、半分以上夢の中で、ぷぷぷと笑う。

 

 

→ next

http://kijikaeko-mch.hatenablog.com/entry/15-3

 

 

 

20/20

20/20