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マイナークラブハウスのひそひそ話
フトンに横たわって、電気を消してしまってからも、なかなか興奮が冷めない。この、蚊帳ってのが、すごくいい雰囲気。
開け放した縁側から流れこんでくる、山の夜の冷たい空気……なんてすがすがしいのだろう! タオルケットをお腹に巻いていると、ついついあっちこっちごろごろ転がって、そこでぶつかった奴と、ひそひそお喋りを始めてしまう。
「なー。今日のユースケの反応って、なんかすごい予想通りで、おかしかったね。」
枕を胸の下にかいこんでいた太賀に、海斗はそんなことを話しかけてみる。
「あれは、福岡さんが悪いよ。他の情報を一切伏せて、写真だけ見せるんだもん。」
襖の向こうの、女の子たちの寝ている部屋の方をちょっと気にしながら、太賀も声をひそめて言う。
「誰だって期待するさ。僕は少し、あいつが気の毒だったな。きっとなにか、すごくきれいな夢を見てたんじゃないかと思うと……」
そう言ってから、慌てて襖のほうを見る。女の子たちは女の子たちで、やっぱりひそひそ話をしているみたいで、なにか、笑い合っている気配がする。大丈夫、聞こえていない。
「……高杢はさ、」
一層、声を落として、太賀が言う。そして、襖のほうだけではなく、男子一同の様子も、ぐるっと見回す。
右隣の遊佐と三浦先輩は、すでに高鼾。左隣の天野も、眠っているかどうかはわからないが、じっと目を閉じている。1年生たちは反対側の隅っこで、別のお喋り。ヤマダ先輩とゴーヘーはまだ起きていて、隅っこに寄せた座卓についてウィスキーを飲みながら、懐中電灯の灯りで本気のポーカーをやっている(札飛んでます、ヤバイです……)。
「高杢。ぴりかちゃんのこと、好きか?」
「…………。」
いきなり、なにを言い出すのだ?
心臓バクバクで目をしろくろさせていると、太賀は苦笑いを浮かべて、勝手にどんどん喋りだす。
「僕は好きだな……大好きだ。別に彼女にしたいとかじゃなく……でも、友達として、部活の仲間としてなんていう、一般的なところでもなく……なんなんだろうなあ、自分でもよく、わかんない……ん、だ、け、ど……」
「……なんだよ、いったい。」
と、つっこみはしたが、なんとなくわかる。
太賀の感じていることは多分、海斗の感じていることと、似通ったなにかだ。あの『キュウリ事件』の時、天野におしりをひっぱたかれたぴりかちゃんが、海斗の腕の中に飛びこんできて以来、ずっと胸の中に存在している、ほっこりあったかい気持ち。
「あのさ、横山とか津本とか、いるじゃん? あと、サッカー部の野々村とかさ。」
と、今、海斗と太賀がいる2年7組の、男子の中心人物たちの名前を持ち出す。
「あいつらが、どうかした?」
「この前……つっても、もうホント、だいぶ前だけど……。6限体育のあと、用具の片付け当番で、遅くなってから着替えに行ったんだ。そしたらロッカーの向こう側で、あいつらが話しこんでて……まあ、いわゆる、そのテの話ね。」
うんざりした顔で、きゅっと眉をひそめる。
「学校中の女子を好きなようにできるとしたら、誰にどんなことをするか……そういうのを、デカい声で話しててさ。ほとんどはよく知らない子の名前だったし、まあ、早く着替えて出よう、と思って。そしたら誰かが言い出したんだ。畠山って、性格あり得ねーけど、見た目は良くねー? みたいな、そんなことを……」
「むっかー……」
「僕もそう思った。むっかー、って。それで、なんていうか理性飛んじゃって。顔しかめながら、つい最後まで聞いちゃったんだけど……。」
言い辛そうに黙りこんでしまった太賀を、聞きたいような聞きたくないような気持ちで、そっと促す。
「……で?」
「『殺したいタイプ』。」
「……なにそれ?」
「なんだってさ……レイプするにしても、ただいやらしいことの限りを尽くすとかじゃなく、殴ったり蹴ったり、小便かけたり、爪剥がしたりして……もう、人間としての尊厳を全部剥ぎ取るところまで、いじめ尽くして惨殺したい……って。」
「…………。」
「なんか全員、エロ話ハイ、みたいな状態に陥っててさ。興奮してて。あーわかるわかるって。それ、やったらなんか、すっげーカタルシス得られそー、って。僕は……」
そこで二人は、もう一度顔をあげて、部屋を見回す……。大丈夫、みんな、さっきと同じだ。誰もこっちを気にしていない。
「わかる、と思ったんだ……。誤解するなよ。そういう人間の心理がわかる気がしたってだけだ。もし、なにか特殊な事情のもとに、それをやっても全く罪に問われない機会が訪れたとして……奴らは、本当にやるだろう。集団でね。そうしてぴりかちゃんを殺したことによって得たカタルシスで、なにか……なにか、イニシエーションを通過したような……ひとかどの男になったみたいな気分で、それから後の人生を、実り豊かに歩むような気がする。真面目に仕事して、社会に貢献して……」
くっそおおおー、とヤマダ先輩が控えめな悲鳴をあげる。ポーカーの勝負がついたらしい。ゴーヘーが、ししししし……と、控えめな勝利の笑いをあげる。
二人が洗面所に出ていった後で、海斗がつなげる。
「それって、南の島の祭りみたいだな……。前、高橋先輩に貸してもらった本で読んだ。島の若い男が、全員でひとりの女の子を殺してバラバラにして、その肉片を、島中の畑に埋めていくんだ。そうしないと、作物がちゃんと育たないんだって。ていうか、そもそも人間の食べる作物っていうのは、すべて昔殺された女神の死体から生じたって信じられていて、その場面を時々、繰り返す必要があるんだって……」
「ハイヌウェレ型神話だろう? 僕も読んだ。ひとりの女の子を、よってたかってレイプする男たちには、なんの罪もないんだ。なにしろ、みんなの大事な祭りだからね。もし、その状況で女の子が、私は神じゃないから殺されたくない、なんて言い出したら、そっちこそ、共同体に対する最大の罪になってしまうんだろう。それと同じように……ああ、多分、こいつらにはなんの罪もないんだろうなあー、って。妙に、納得して……」
「ここは日本だぜ。一応、先進国だ。」
と、海斗は、空しい反論であることは充分承知の上で、一応口に出す。太賀はもちろん、予想通りの切り返しをする。
「根っこは同じさ。そりゃ、実際にやってバレれば、法律で裁かれるだろうけど。でも、そういう被害に遭った女の人に、そんな気にさせたおまえが悪いなんていう風潮は、まだまだ普通に罷り通ってるし、イジメだって大抵、やられるほうに問題があるって言われる。血塗りの儀式って、まだ必要なんだよ、きっと……。」
ぱたぱたと足音がして、ヤマダ先輩とゴーヘーが戻ってくる。まだまだ、あちこちで、ひそひそ話は続いている。女の子たちの部屋から、くくく……と忍び笑い。
「……そんなことさせない。」
さすがにくっつきそうになってきた瞼を押し上げながら、海斗は、ぽつんと呟く。
「僕の力じゃ、どこか別の場所で、他の誰かがそんな目に遭うことまで、全部阻止したりはできないけど……でも、ぴりかちゃんは……」
「僕が守る。」
と、太賀がすかさず言う。
「わーお。」
話でかいんですけど……と海斗は思い、感嘆の声をあげる。太賀も、同じことを思ったのだろう、鼻先で、くすくすと笑いながら言う。
「なんかもう半分、夢と妄想が混じってるね……」
海斗も、笑いながらつなげる。
「うん。なんだろうねこういうの……合宿効果かね……」
「でも……ホント、そう思うんだ、僕は……」
「うん、わかる。僕だって……」
後はもう、口が重くて動かない。でも、海斗は、心の中で宣言する。
僕は多分、ぴりかちゃんとつき合ったり、結婚したり、そういう関係になりたいわけじゃない。だから、一生守ってあげたりは、もちろんできない。
でも、こうしてこのメンバーで、一緒にいられる限りは……他の誰かの生け贄になんか、命に代えても、絶対にさせないぞ……。
やがて、みんなのお喋りがやみ、部屋の中は、しーんと静まり返る。
いよいよ意識、眠りに落ちなんとす、のその瞬間、隣の部屋から、最後のあがきが耳に飛びこんできて、海斗はまたふっと覚醒する。
「そーいえばさー、ねー、タキー……」
「…………。」
「タキー? 寝ちゃったー……?」
「……なによぉ……」
「タキはさー、『聖☆おにいさん』イエス派ー? ブッダ派ー?」
「寝ろ!!」
福岡さんの怒鳴り声に、半分以上夢の中で、ぷぷぷと笑う。
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