minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

8

  残されたこども

 

 

 後片付けは、みんなが引き受けてくれた。皿やグラスを洗い、床を掃除し、テーブルや椅子を、もとの位置に戻す。

「あ、いーっすよ先輩。いいからちょっと休んでなよ。」

 ボケッと座りこんでいるのが悪い気がして、観葉植物の鉢でも運ぼうかと重い腰を上げた途端、トガリ頭がぽんと肩を叩いてきて、笑いながらそんなことを言う。到着した瞬間から、こいつとは多分気が合わないだろうな、と決めてかかっていたのだが、相手のほうではそんなこと、別に思ってもいなかったらしい。

「今夜はうちに来て、僕らと一緒に過ごすのがいいのではないだろうか。」

 店の外に出て、ドアに鍵をかけた時、晴一郎がそう言ってくれて、心底ほっとする。

 もし、誰もそう言ってくれなかったら……果たして、自分からそれを言い出す勇気が、あったかどうか。

 

 夏の夜道を、大勢で、てくてく歩く。

 それだけで、なにやら祭りめいている。バイクに乗るようになって以来、あまり村の中を、徒歩で出歩かなくなっていた祐介には、今夜のこの道行きが、ひどく新鮮だった。

 なにがどうなっとるんじゃろう……。ガキの頃から、うちには母ちゃんと瑛兄がおって、スグ兄とおれと、なんの心配もせんと育ってこれたのに。

 自分の記憶が始まる前の本宮家に、いったいどんな歴史があったのか。今まで考えもしなかったそんな疑問が、どしっとのしかかってくるのだが、いかんせん、アタマのキャパが少なすぎて、入り切らない。

「に、しても、やっぱり兄弟ねー、瑛一さんとユースケくん。」

 突然、斜め後ろからそんな声が聞こえて振り返る。沢渡さんが、上目遣いにユースケの顔を見上げて、くすくすと笑っている。

「春といい今回といい、突然のバイオレンスで、2回も仰天させられちゃったわ。」

「…………。」

 軽口を叩きたい気分が、少しばかり湧いたが、すぐに引っ込む。

「もしかして、瑛一さんって、一昔前まではばりばりヤンキーの人だったりしたの?」

 三浦が、沢渡さんの脇からひょこっと顔を出して尋ねる。べらべらと、本宮瑛一伝説をぶちまかしたい気分が喉元にまで出かかったが、やはりそこから、するするとしぼんでいく。

「マジでおっかなかったっすよー、さっき。」

 前を歩いていたトガリ頭が、くるりと振り返って、後ろ向きに歩きながら喋る。

「も、本能的に、この人に逆らったらヤバイ! って思いましたもんね。いやー、びびった、びびった。」

「だが、その力を理不尽なことに使うことはしない。」

 後ろから、晴一郎が、暗い声で言う。

「僕が子供の頃から、彼は一貫して、合理的な人物だった。」

「ホントに、いいお兄さんよねー。」

「お母さんも、素敵な人だし。」

「いかにも、ユースケの家族だなーって感じ、するよな。」

「似てるよねー、ユースケと瑛一さん。」

「そ、そうか……?」

 もしかして……慰められとるんか、おれは?

 「カート・コバーンて、ショットガンで自分の頭を打ち抜いて死んだの。」

 唐突に、ぴりかちゃんがそんなことを言い出す。

「自分の暗いところに降りていって……それでアタマおかしくなって、帰って来られなくなるひと、たくさんいる。ロックスターなんて特に、他の人のぶんの闇まで、一手に引き受けるようになっちゃうから。でも、あのおとーさんは、帰ってきた……。」

 なにを言っているのか、よくわからない。けれど、他の連中がみんなして、口も挟まずに黙って聞いているから、祐介もそうせざるを得ない。

「強いひとだよ。負わされたものの重みに、いっとき耐え切れなかったのだとしても、今はもう、強くなって帰ってきたんだよ。残された人は、辛かっただろうけど……でも、ちゃんと生き抜いて、帰ってきた……」

 そう言って、ひょいひょいと飛び跳ねるような足取りで、祐介の前にやってくる。すぐ目の前に立って、祐介の顔を、下からじっと見上げる。

「よかったねえ、ユースケくん。」

 行く手を塞がれた格好になって、祐介は立ち止まる。他の連中も、みんなその場で立ち止まる。30センチ以上も下にある、ちっちゃい女の子の顔を、祐介はぼんやりと見つめ返す。

「多分これから、おもしろいことになるよ。」

「……そうか?」

「そうさ。」

 にかっ、と笑って、またウサギみたいに跳ねて、先へ行く。遠ざかってから、

「うらやましいぞぉ、ユースケくん。」

 

 と言う声が聞こえたが、それはもう、祐介に話していると言うよりは、半分独り言のようだった。

 

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