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幸福の食卓
翌朝、祐介は、大張り切りの母ちゃんに叩き起こされ、菜園で大量の完熟野菜の収穫を手伝わされた。
熟れすぎて皮の弾けたトマトや、色がまだらになったパプリカ、育ちすぎてボケかかったナスとキュウリとズッキーニ。それをウシカフェの調理場に運びこむと、瑛兄が、みんな刻んでタマネギと一緒に大鍋に放りこんで、20人分のラタトゥイユに仕上げてしまう。
「要するに、安上がりで済まそうというわけか。」
と冷やかすと、瑛兄は眉をしかめて言い返す。
「旬のもんを使うとるだけじゃ。味は最高じゃぞ。」
「瑛一。今、大塚さんとこのヨシオくん、鶏しめたけどいらんかー言うて持ってきてくれたけど、どうする?」
裏口から母ちゃんが、羽を引っこ抜いた跡も生々しいトリハダの鶏の、頭のない奴を両手にぶら下げて入ってくる。
「ほお、手頃な大きさじゃな。ハーブ詰めて、オーブンで焼くか。」
「井上君からも、ブルーベリーとサクランボの箱が届いとるよ。それに、八田さんとこの章ちゃん、今、車で養殖場のニジマス届けるからって、電話で言うてきたわ。」
「あの連中めえええ。なんやかんやと持ってきて参加する気じゃなあああ。」
唸り声をあげた祐介の背中を、瑛兄がぽんと叩いて、笑いながら言う。
「そう怒るなユースケ。女の子と仲良うなりとうてばたばたしよるんは、おまえも一緒じゃろうが。」
「晴一郎の友達じゃぞ! おれが一緒に遊んでなにが悪い!」
「全員きっとそう思っとるわい、適齢期の独身男性がおってなにが悪いってな。ほんでもまあ、お客さんに居心地の悪い思いさせるんは、レストランとしては三流以下じゃ。」
がちっ、と祐介の頭を掴んで、自分の顔の側まで引き寄せる。
「おれがちゃんとさばいてやる。安心せえ。」
そう言って、にやっと笑う。
その顔を見ると、札幌に修業に出る前の瑛兄。ここら一帯の悪ガキを、一手に束ねていた頃の、本宮瑛一健在なり、だ。
夕方、晴一郎たちが、風呂上がりのさっぱりした顔で、店にやってきた。
一日トレッキングをした後、菊野旅館の温泉に入ってきたらしい。女の子たちのほっぺたが、みんなつるっつるのぴっかぴかだ。
「こんばんは、本宮さん。お久しぶりです。」
「お招き、ありがとうございます。」
「お邪魔します。これ、一同からのお土産です。」
春に来たメンバーが、母ちゃんと瑛兄に、ご丁寧な挨拶をする。同い年で、他所の大人にあんな気の遣い方、なんでさらーっとできるんじゃろう、と心底不思議に思う。
ドアに貸し切りの札を下げて、立食形式に並べたテーブルの上に、いっぱいに料理を載せる。焼きたてのパンと、ニジマスのゼリー寄せと、ラタトゥイユ。ハーブ風味のローストチキンに、ブルーベリー入りのレアチーズケーキ、サクランボのタルト。
「いいわね、あんた。毎日こんなのが食べられるんだから。」
二切れめの鶏肉を切り取っている時、隣に立ったおかっぱが、そんなことを話しかけてきた。途端に、顔がにやける。
「毎日はちょっとないのう。普段は、お母んの作る純和食じゃわい。ゼンマイとか、タクワンの煮たのとか。」
「それだって、きっとおいしいんでしょ。」
「まあな。そんなこと、特に思いもせんと育ってきたけど、他所へ行ってなにか食うと、まずくてびっくりするわい。」
「セイちゃんが、あんなおいしそうに食べるんだもの。」
自分もしあわせそうに、おかっぱが呟く。
「おいしそう、て、ようわかるのう。おれにはあいつの顔は、いつもいつも、同じような仏頂面にしか見えんぞ。」
「まあ、ほとんど変わらないけど。それでも、学校の食堂でなにか食べてる時の顔って、ホント真剣にまずそうなのよ。舌のスイッチを切って、機械的に流しこんでるというか、いっそなにかの修行だと思って耐えてるというか……」
「あー、その顔はよくするな。あいつ、ガキの頃、おれがおもしろいと思って一生懸命話してやっとることを、いっつもそういう修行顔で聞いとったわい。」
何度その顔をぶん殴ったことか、という部分は、もちろん伏せておく。
「彼、部室でぬか漬け漬けてるのよね。ヘンな趣味だとは思うけど、すごくおいしいの。だけどおいしいわよって伝えても、難しい顔して頭振ってばかりでさ。『本宮家のお母さんのものには、まだまだ遠く及ばない』って……」
「そりゃー及ばんじゃろう。年季が違いすぎるわい。」
「やっぱり、おいしい?」
「うーん……おいしい言うても、とどのつまりはぬか漬けじゃけえのう。そんなに感動するほどのもんじゃないが……」
「いいわねえ。」
鼻先でふっと笑って、おかっぱは言う。
「恵まれてるわね、ユースケ。」
「……そうか?」
「そうよ。」
そうして皿を持って、沢渡さんとぴりかちゃんが喋っているところへ行ってしまう。
「ユースケ、ぴりかちゃんと話さなくていいの?」
今度は太賀と高杢が、後ろからそっと声をかけてきた。なんとなく祐介は、顔をむっとしかめて睨みつける。
「それとも、思い描いてたのと違うから、興味なくした?」
「いや……別に……」
口ごもっていると、野郎二人は顔を見合わせて、にやにや笑う。それから太賀が、ちょっとばかり真面目な顔つきになって言う。
「そうだね。単にかわいくて、下から優しい目で見上げてくれるような女の子を想像してたんなら、もう近づかない方がいいよ。」
「……ああーん?」
図星だったので、つい威嚇する態度に出てしまう。だが、野郎どもは怯まない。
「ついでに言うなら、単にぶっとんでるだけの女の子でもない。」
「そうそう。『だチョー!』が本質ってわけでもないんだよねー。」
「わからないよねえ。『だチョー!』の先になにがあるのか。」
「まあ、僕はこれ以上、知りたくはないけどね。」
「僕も。今くらいの距離がちょうどいい。これ以上は多分、キケン。」
「……おまえら、なんの話をしとるんじゃ?」
そう食ってかかってみたが、二人はお互い同士で勝手に納得し合って、うんうんと頷き合いながら、隅っこの椅子に座りに行ってしまう。
どぉーも傍から見ていて思うほど、のどかな集団ではないらしい……ということが、祐介の素朴な感性にも、薄々、察せられてくる。
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