minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

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  訪れる気配

 

 

 曲がり角のところから、バイクを降りて、押して歩く。

 すぐには家に入りたくなかった。家に入って母ちゃんに、夕方の仕事を早くせいとか、そこらを片付けろとか、言われたくなかった。

 だからエンジンを切って、静かにガレージに入れる。そのまま、片隅に座りこむ。

 入り口の側の囲いの中で、今年生まれた牡の仔牛が、ごそごそと動き回っている。乳を出さない牡は、ある程度大きくなると、食肉として売られていく。あれも、夏の終わりには、いつもの業者が引き取りにくるはずだ。

 殺されるのを待っとる……。

 そんな風景は、生まれたときから見慣れている。鶏くらいなら、自分の手で首をひねったこともある。命を奪って食うことに、さしたる感傷はない。

 けれど、今日はなぜか、そんな風景が身にこたえた。

 おれも、こいつと似たようなもんかもしれんのう……。こんな、せせこましい村に生まれて、なんの役にも立たず。肉にするわけにもいかんじゃろうから、なんとなく生かされとるけど。

 あいつらは、ええのう。今しがた別れてきたばかりの、同年代の連中の顔を、祐介は順繰りに思い出す。

 どいつもこいつも、育ちの良さそうなツラして……小奇麗な服を着て、高そうな旅行鞄を持って、缶に入ったクッキーなんぞつまんで。あらダチョウ肉、あたしオーストラリアで食べたことあるわ、僕は南アフリカで。アホか。

 晴一郎と同じ高校ということは、さぞかし全員、頭もいいのだろう。全員、当たり前のように偏差値の高い大学に入って、ワリのいい仕事について。そして、あの連中同士の中から相手を見つけて結婚し、その子供がまた、ああいう連中に育っていく……

 なんでおれ、ガキの頃、晴一郎をもっとイジめ抜いておかなかったろう。落ちこんで、ひがみっぽくなった思考は、どうしてもそこへ舞い戻っていく。

 あいつなんか……ここでどんなひどい目に遭わされたところで、結局はあの頭ひとつで、どこへでも出ていける運命だったじゃないか。初めっから将来、おれより遠いところへ行けることがわかりきっとるような奴を、なんでおれみたいなバカが、庇うてやらんといかんかったんじゃ。せめてガキの頃くらい、圧倒的に上位に立っとかんと、全体として不公平じゃないか……

 このまま生き続けて……おれ、どうなるんじゃろう。あんな高校、無事に卒業できたところで、たいした就職口があるわけじゃない。くそおもしろくもない会社で、先公どもに輪をかけたような薄汚い大人たちに、いいようにこき使われる覚悟でないと、やっていけない。

 それは、自分には無理だろう、と、祐介は思う。

 そういう人生に、簡単に突入していけそうな奴らは、いくらでもいる。そういう環境で、テキトーにまわりに合わせながら、ともかく月給を稼いで命をつないで。運良く金が余ったら、それでちょっとした楽しみを買って。いずれ自分が大人になった暁には、下から入ってきた若いのを同じ目に遭わせて、それで人生の帳尻を合わせる、そういう生き方が平気でできそうな奴らが、大勢、いる。

 でも、おれには無理だ。

「本宮はいいね。お兄さんのお店、上手くいっとるんじゃろう。そこに雇ってもらえば済む話じゃもんね。」

 夏休みに入る前、進路進路という掛け声がやたらうるさくなってきたある日、隣の座席の女の子に言われたそんなセリフを、鮮やかに思い出す。

「うちなんか、親は離婚しとるし、母親はおミズだし、そんなところにコネあったってしょーがねえっつの。あー不公平。人生なんて、どうせ半分は親の金で決まるんじゃ。」

「あほう、兄貴の店は、兄貴の店じゃ。おれに関係あるか。」

 実を言えば、言われる直前までは、祐介自身もそう考えていた。おれには瑛兄がおるもん、食いっぱぐれることだけはないわい、と。だが、その時は勢いで、こう言ってしまったのだ。

「おれはおれで、なにか始めるんじゃ。」

 今思えば、単に口から出任せ、カッコつけて言っただけじゃったな、と祐介は思う。

 じゃが、あのセリフ言うた瞬間の、あの子の目ときたら、思いっ切り、尊敬の眼差しじゃったのう。キラキラ光って、言葉に出さんでも、偉いねえ、立派じゃねえとその目が言うとった。「じゃから、おれについてきてくれや」と続けたら、速攻で「うん」と返してもらえそうな、そんな雰囲気じゃった。

 まあ、すでに彼氏のおる子じゃったけど……でもおれ、女の子から毎日、あんな目で見続けていてもらいたいんじゃ……

 そう、ひとりごちてから……ふいにそれが、自分の最もストレートな望みであることに、はっきりと気がついた。

 そうか。おれは女の子から、あんな目で見ていてもらいたいのか。それが望みか。

 おかっぱや、ぴりかちゃんみたいなかわいい女の子が、すぐ側で目をきらきらさせて、

「ユースケ、偉いねー、立派ねー。」

 と、毎日言ってくれさえすれば、どんなことにでも耐えられる気がする。なんにでもなれる気がする。そう、きっとなれる。

 問題は、どうやってそういう女の子を手に入れるかということで……そういう子は、やっぱり、もうすでになにか持っとるような男が好きなわけで。なにか持ってないと女の子は手に入らない。女の子が手に入らないと、なにかになる原動力が得られない、で……

 ……えーと。

 結局、鶏が先か卵が先か的な堂々巡りであることに気がついて、

「だーもーっ!」

 と、叫んで後ろへひっくり返った途端、

 がさがさがさがさ……

 という、乾いた草を踏む足音がして、ガレージの裏手につないである番犬のタローが、激しく吠えだした。

「わん! わんわんわんわんわんわん! わん!」

「おーら、おーら、シッ! タロー! なんね、どうしたんね?」

 母屋の裏手から、母ちゃんが出てくる。慌てて起きあがって、ガレージを飛び出す。

「わ! なんじゃ、帰っとったんか祐介。」

「い、今……」

 足音が遠ざかっていったほうに目を凝らす。暗がりの中に、駆けていく人影が見える。見慣れない背格好。この村の人間ではない。

「あ、あいつ! すぐここを、コソコソ歩きよったんじゃ、泥棒かもしれん!」

「えええ!?」

 母ちゃんと二人で、舗装道路まで出てみる。もう、どこにもいない。

「なんじゃろ、気味の悪い……今日はどこも、キッチリ戸締まりをせんと……」

 気丈な母ちゃんが、腰に手を当てて、憤慨した声で言う。夏の暮れの空気の中に、なにやら煙草臭い息が、微かに混じっているような気がする。

 

 

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20/20

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