minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

3

  竹馬の友

 

 

「ダチョウ牧場?」

 と、何人かが声を揃えて聞き返してくる。

「最近、できたんじゃ。」

 むっつりと顔を顰めて、祐介は答える。

 天野の本家の、陰気な仏間。集まってきた野郎どもは追っ払ったし、スグ兄も、ぶつくさ言いながらも、次の客の送迎に行ってしまった。ようやく同年代の仲間だけになって、祐介は心底、ほっとしたため息を吐く。

 あの鳥の肉は、けっこう食えるらしい。祐介はよく知らなかったのだが、すでに日本中に、たくさんの専門の飼育場ができて、肉や卵が、インターネット上で売られたりしているという。

「あの古田っちゅうあんちゃんが、どこぞの牧場でしばらく見習いをして、ヒナを連れて帰ってきたっちゅう話は聞いとったが……もう、あんなにでっかくなっとったとはのう。おれも、見たんは初めてじゃ。」

「ヘえー。じゃ、それが軌道に乗ったら、瑛一さんのお店のメニューに、ダチョウのフィレステーキとか、ダチョウの卵のオムレツとかが加わることになるのかしら?」

 沢渡さんという、妙に色っぽいねーちゃんが、そんなことを言って嬉しそうに笑う。

「美優ちゃん、食べたことあるの?」

「オーストラリアで食べたわ。おいしかったわよ、赤身でクセがなくて。」

「僕もある。南アフリカで。」

「そう言えば、那賀農高でも育ててるって話ですよ、実習で。」

「ふーん。じゃあけっこう、メジャーな家畜になりつつあると。」

 晴一郎の入れた渋い茶を啜り、街から買って持ってきた上品そうな菓子をつまみながら、全員のんびりと、そんなお喋りをしている。

「……そんなことより、ほんまに大丈夫なんか? もう、1時間くらい経っとるぞ。」

 心配のあまり、怒った声が出る。仲間の女の子が、ダチョウを追って走り去ってしまったというのに、こいつらときたら、ひとりとして気にかけもしないし、探しに行こうともしない。

「ぴりかちゃん、ここへ来たんは初めてなんじゃろう? 道もなんもわからんのと違うか? あんなに興奮して突っ走って、今頃、どこぞで迷っとったらどうするんじゃ?」

「ぴりかちゃんは、迷わないんだ。」

 妙に断定的な口調で、太賀がそんなことを言う。

「絶対に、道には迷わないようにできてるんだ。だから、そのうちに帰ってくるよ。ダチョウを見失って、我に返りさえすればね。」

「問題は、いつ我に返るか、だけどね。」

 と言って、おかっぱが忌々しそうに顔をしかめる。

「すぐでしょ。いくらぴりか先輩が俊足でも、ダチョウにゃ追いつけっこねーし。」

 と、トガリ頭の1年生が言って、畳にごろんと寝転がった途端、

「ただいま……。」

 と声がして、縁側に、泥と木の葉と草の葉にまみれ、虫に刺された跡だらけになったぴりかちゃんが、ぜーぜー息を切らせて立っていた。

「あー、おかえりなさーい。」

「お疲れ。楽しかった?」

「……逃げられた。」

 ちっ、と舌打ちして、心の底から悔しそうに言う……のを見ると、つまりは捕まえるつもりだったらしい。どうするつもりだったのだ捕まえて。

「……虫、刺された。」

 今度はひどく情けなさそうな声になって、のそのそと仏間に這い込んでくる。

「タキ、薬、持ってる? 体中、カユいよ……」

「バカ。」

 吐き捨てるように言って、おかっぱがバッグから「ムヒ」を取り出し、投げつける。

「ふぃーん。かいかいかいかいかいかいかいかいかいかい……」

 呟きながら、ヨガの行者みたいに足をあげて、ふくらはぎの裏側に、薬を塗りこむ。

「だ、だいじょうぶか、ぴりかちゃん……」

 目のやり場に、ちょっぴり困りつつ、祐介が声をかける。

 ぴりかちゃんは、筋力の要りそうなポーズをさらっとキープしたまま祐介を振り返り、悪気のない、不思議そうな顔で、

「誰?」

 と、言った。

 

「では、明日の夕食時に、ウシカフェで。瑛一君とお母さんに、くれぐれもよろしく。」

 門の前まで送りに出てくれた晴一郎が、心なしか、さっきまでより少し明るい声で、そう挨拶してくる。

 こんな奴でも、友達が泊まりにきて賑やかじゃと、やっぱり少しは浮かれるもんなんかなあと、恨めし気に睨みつけながら、祐介は思う。

「……なぜ、そんな目で僕を睨む?」

「やかましいわい、このへんちくりんの優等生。」

 小学生の頃、さんざん使った罵り言葉を、久しぶりに投げつける。

「おまえを庇うてきたんは、やっぱり失敗じゃった。本家の孫じゃろうが、お母んや瑛兄になにを頼まれようが、あのまんま、イジめ倒しておればよかったんじゃい!」

「しかし、それでは僕が、あれをここへ連れてくることはなかっただろう。」

 冷静に、諭すような調子で、そんなことを言いだす。

「祐介や、その仲間たちが日々、おもしろ半分に迫害してくる……そんな状態が、仮に今も続いているとして、僕がのこのこと帰省してくると思うのか? 祐介は初めから、あれを知ることも、出会うこともなく、全く別の運命を生きていたことになる。あるいは、その方が好ましかったのだろうか。」

「……こんのやろおおおお……」

 すっトボけたツラしやがって、本当は、なんもかんも承知しとるんじゃないか! どこまでイヤな奴なんじゃ!

 発作的に、胸ぐらを掴む。拳を固めて、殴り掛かる。晴一郎の拳も、カウンターで祐介のすぐ鼻先にまで繰り出されてくる。

「ねー、セイちゃーん。このトウモロコシって、皮剥いてから茹でるのー?」

 ぴたっとお互い、手を止める。おかっぱが、縁側から顔を出して、こちらを見ている。裏手の台所のほうから聞こえてくる、大勢の笑い声。

「ああ、今、見に行く。」

 あっさり祐介に背中を向けて、晴一郎は家のほうへと歩き出す。何歩か進んだところで、立ち止まって、顔だけで振り返る。

「……僕は、祐介が友人になってくれて、よかったと思っている。」

 そう言った時の晴一郎の顔が、少し……本当にほんの少しだが、笑っているように見えた。いや、気のせいだ。あいつは、なにがあっても笑ったりしない。夕暮れで、逆光に照らされていたから、そんな気がしただけなのだろう。

 

 

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