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残酷な友は良き友、良き友は残酷な友
「タイヘンってなんだ! なにがタイヘンなんだ!」
怒鳴りながらお父さんが、ドアのところへ走りよって、美優先輩の肩を掴んで揺さぶり始める。
「早く言え! 言わんか!!」
「あっ、あの……」
絶妙な困惑の表情で、美優先輩が先生たちのほうに、助けを求める視線を送る。
「ちょっと、内田さん……生徒に乱暴は」
「ええい、くそ! なんかあったら、タダじゃおかんぞ!」
叫んでお父さんはそのまま、面談室を飛び出して、ダッシュして行ってしまった。
後に残された先生たちが、ぽっかーんとした表情でそれを見送って……それから、おばあちゃんのほうに、視線を集中させる。
まだ、土下座したままだったおばあちゃんが、項垂れて、床の上を見つめながら、
「あの、バカタレが……」
と、ため息まじりに呟く。
車は坂道を滑り落ちて、雑木林との間にある側溝に、後輪をつっこんで止まっていた。淵にぶつかって、後ろのドアと車のおなかに、見事なヘコミができている。
お父さんは怒鳴っている。ちょうど通りかかりでもしてしまったのだろうか、野球部のユニフォームを着た男子生徒の一群を捕まえて、誰がやったと激しく問いつめている。
「だ・か・ら。俺たちが見たときには、もう滑りだしてたって、何度も言ってるでしょう? 誰も怪しいやつなんか見なかったし、なにも知りませんって。なあ?」
ひとりがそう言って、仲間の方を振り向く。みんな口々に、「そーだよ」「知らねーよ」「もう行こ行こー」などと言い募る。
「遠野君じゃないか! どうしたんだね?」
と、校長先生が、最初に喋っていた生徒に呼びかける。
「あ、先生。なんか知らないんですけど、この人が……」
「なるはずねぇんだよ、勝手にこんなことに! 俺はちゃんとサイドブレーキひいといたんだから!」
「だからってなんで俺たちがやったと思いこむわけ? 通りかかっただけって、何度も説明してるでしょうが!」
「ここは駐車禁止なんです。ちゃんと書いてあったと思うんですが……」
柳場先生が、穏やかな口調で言いながら、道に白く書かれた『駐禁』の文字を指差す。
「坂が急で、危険ですから。なぜ下の駐車場をご利用下さらなかったのですか?」
「なもん、しょーがねーだろが! そこのバアさんが、こんな坂上りたくないって、」
「あんた、母ちゃんのせいにする!? そうやっていつもいつも、都合の悪いことは全部」
「あのー、俺たちもう、行ってもいいですか? まだ練習の途中なんですけど。」
野球部員が、うんざりした顔で校長先生に尋ねる。
「ああ、そうだね。後は先生たちがやるから、行きなさい。」
「待てやコラ! あいつらしかいなかったんだぞ! 他に誰が」
「彼らは真面目な生徒です。こんなイタズラに関係するはずはありません。まあ……本当にイタズラだったと仮定して、の話ですが。」
そう言う校長先生の冷ややかな口調に、お父さんが完全に激高する。
「イタズラじゃなかったら、こんなことになるわけがないって言ってるだろうが! 俺はちゃんとドアロックしといたし、サイドブレーキもひいたんだ、間違いない! 絶対に誰か、この学校のガキどものうち、ツッパった奴らが……」
(ロック?)
紗鳥の体が、すっと勝手に動いた。
車に近寄って、中を覗きこむ。それから、なんにも知らない口調で呼びかける。
「お父さん。」
「なんだ!」
「本当にロックした憶えあるのね?」
「たりめーだろ! 誰が忘れんだよ!」
無言で、ノブを引っ張る。
ぱかっ、とドアが開いた。
「…………。」
どうしようもない、しらじらとした沈黙が流れた後で、柳場先生が車内を覗きこむ。
「サイドブレーキ……ひいてないですね。」
「…………。」
「いかがなさいます?」
「…………。」
「警察に連絡しますか?」
「いや……」
二日酔いの臭いをプンプンさせながら、お父さんはぼそりと断る。
「……いいです。」
「では、面談室に戻りましょうか。」
きっぱり言い放って、柳場先生がおばあちゃんの方を、にっこりと振り返る。
「お話は、ここからが、大事なところですから。ね?」
そして一同、ぞろぞろと、校舎に向かって歩きだす。
お父さんだけ、もう一緒には来なかった。傷ついてしまった愛車の体を撫でさすりながら、夕日の中に、呆然と佇んでいる。
校舎の玄関をくぐる直前、紗鳥はニセアカシアの林の、踏み分け道の入り口を振り返る。
そこに、滝先輩と、あのさっきの野球部の人、それに八雲くんが、一緒に並んで立って、紗鳥のほうを見て……
意地悪っぽく、にやりと微笑んでいた。
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