minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

9

  残酷な友は良き友、良き友は残酷な友

 

 

「タイヘンってなんだ! なにがタイヘンなんだ!」

 怒鳴りながらお父さんが、ドアのところへ走りよって、美優先輩の肩を掴んで揺さぶり始める。

「早く言え! 言わんか!!」

「あっ、あの……」

 絶妙な困惑の表情で、美優先輩が先生たちのほうに、助けを求める視線を送る。

「ちょっと、内田さん……生徒に乱暴は」

「ええい、くそ! なんかあったら、タダじゃおかんぞ!」

 叫んでお父さんはそのまま、面談室を飛び出して、ダッシュして行ってしまった。

 後に残された先生たちが、ぽっかーんとした表情でそれを見送って……それから、おばあちゃんのほうに、視線を集中させる。

 まだ、土下座したままだったおばあちゃんが、項垂れて、床の上を見つめながら、

「あの、バカタレが……」

 と、ため息まじりに呟く。

 

 車は坂道を滑り落ちて、雑木林との間にある側溝に、後輪をつっこんで止まっていた。淵にぶつかって、後ろのドアと車のおなかに、見事なヘコミができている。

 お父さんは怒鳴っている。ちょうど通りかかりでもしてしまったのだろうか、野球部のユニフォームを着た男子生徒の一群を捕まえて、誰がやったと激しく問いつめている。

「だ・か・ら。俺たちが見たときには、もう滑りだしてたって、何度も言ってるでしょう? 誰も怪しいやつなんか見なかったし、なにも知りませんって。なあ?」

 ひとりがそう言って、仲間の方を振り向く。みんな口々に、「そーだよ」「知らねーよ」「もう行こ行こー」などと言い募る。

「遠野君じゃないか! どうしたんだね?」

 と、校長先生が、最初に喋っていた生徒に呼びかける。

「あ、先生。なんか知らないんですけど、この人が……」

「なるはずねぇんだよ、勝手にこんなことに! 俺はちゃんとサイドブレーキひいといたんだから!」

「だからってなんで俺たちがやったと思いこむわけ? 通りかかっただけって、何度も説明してるでしょうが!」

「ここは駐車禁止なんです。ちゃんと書いてあったと思うんですが……」

 柳場先生が、穏やかな口調で言いながら、道に白く書かれた『駐禁』の文字を指差す。

「坂が急で、危険ですから。なぜ下の駐車場をご利用下さらなかったのですか?」

「なもん、しょーがねーだろが! そこのバアさんが、こんな坂上りたくないって、」

「あんた、母ちゃんのせいにする!? そうやっていつもいつも、都合の悪いことは全部」

「あのー、俺たちもう、行ってもいいですか? まだ練習の途中なんですけど。」

 野球部員が、うんざりした顔で校長先生に尋ねる。

「ああ、そうだね。後は先生たちがやるから、行きなさい。」

「待てやコラ! あいつらしかいなかったんだぞ! 他に誰が」

「彼らは真面目な生徒です。こんなイタズラに関係するはずはありません。まあ……本当にイタズラだったと仮定して、の話ですが。」

 そう言う校長先生の冷ややかな口調に、お父さんが完全に激高する。

「イタズラじゃなかったら、こんなことになるわけがないって言ってるだろうが! 俺はちゃんとドアロックしといたし、サイドブレーキもひいたんだ、間違いない! 絶対に誰か、この学校のガキどものうち、ツッパった奴らが……」

(ロック?)

 紗鳥の体が、すっと勝手に動いた。

 車に近寄って、中を覗きこむ。それから、なんにも知らない口調で呼びかける。

「お父さん。」

「なんだ!」

「本当にロックした憶えあるのね?」

「たりめーだろ! 誰が忘れんだよ!」

 無言で、ノブを引っ張る。

 ぱかっ、とドアが開いた。

「…………。」

 どうしようもない、しらじらとした沈黙が流れた後で、柳場先生が車内を覗きこむ。

「サイドブレーキ……ひいてないですね。」

「…………。」

「いかがなさいます?」

「…………。」

「警察に連絡しますか?」

「いや……」

 二日酔いの臭いをプンプンさせながら、お父さんはぼそりと断る。

「……いいです。」

「では、面談室に戻りましょうか。」

 きっぱり言い放って、柳場先生がおばあちゃんの方を、にっこりと振り返る。

「お話は、ここからが、大事なところですから。ね?」

 そして一同、ぞろぞろと、校舎に向かって歩きだす。

 お父さんだけ、もう一緒には来なかった。傷ついてしまった愛車の体を撫でさすりながら、夕日の中に、呆然と佇んでいる。

 校舎の玄関をくぐる直前、紗鳥はニセアカシアの林の、踏み分け道の入り口を振り返る。

 そこに、滝先輩と、あのさっきの野球部の人、それに八雲くんが、一緒に並んで立って、紗鳥のほうを見て……

 

 意地悪っぽく、にやりと微笑んでいた。

 

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