minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

4

  服のチカラ

 

 

 例えばこの人。滝先輩。

 入部のドタバタ騒ぎの時も思ったけど、この人はホント、わからない。

 見た目は、まともなのだ。見るからに目がイッちゃってるぴりか先輩や、見るからに学校の規則を破りまくった格好をした八雲くんとは違って、いかにも真面目なお嬢様っぽい。この町の一般中高生たちが、『桃李学園の女子生徒』と言われて思い描くのは、正しくこういうタイプである。

 しかし……。

「次。シャドー塗るから、ちょっと目瞑って。顔上げてじっとして。」

「はあ……。」

 相変わらず、どっち付かずの曖昧な返答の仕方をしながら、紗鳥はおとなしく、言われた通りに目を閉じる。

 今日は部室に入るなり、顔の産毛を剃られ、眉を抜かれた(痛かった……)。そして服を着替えさせられ、髪をセットされ、次はメイクだ。

「あのう、滝先輩。」

「動かないで。」

「……こういうの、演劇部の活動のうちに入るんですか?」

 できるだけ口の周りの筋肉だけしか動かさないように、もそもそと質問する。しかし滝先輩の答えは、そっけなくもふざけ切ったものであった。

「別に部活でやってるわけじゃない。あたしの個人的な趣味。」

「……でも。じゃあ演劇部って、なにをやる部なんですか?」

「一応、高文連ってものはあるけど。」

「こうぶんれん?」

全国高等学校文化連盟。野球部の高野連みたいなものね。それがさらに、演劇部会とか軽音楽部会とか合唱部会とかに分かれてて、8月アタマ頃に県大会があって、地区大会があって、それから全国大会があって、っていう……」

「そ、そんなちゃんとした大会があるんだったら!」

 ぴょこんと紗鳥は立ち上がる。

「動かないでってば。どうせ今年は出ないわよ。」

「ど、どうして……?」

「今からやって、間に合うわけないじゃない。」

「なんで間に合うように準備しなかったんですか?」

「春、あたしとぴりかしかいなかったもの。それに、こんな少人数で上演できるような戯曲って、ほとんどないの。去年はよーこ先輩っていう天才がいたし、もうひとりの朔太郎サンってのも筋金入りの演劇人だったから、なんとか参加するところまでは漕ぎ着けられたけど、今年はねえ、部長がぴりかじゃねえ。」

「そんな……」

 信じ難かった。大会があるのに、それを目指さない部活! そして、それをちっとも気に病まない部員!

「だけど……、それじゃいったい、なんのために」

「さあできた。ちょっと立って。こっち来て。」

 相変わらず、あたしの話って、だあれも最後まで聞いてくれない。

 それは、自分の押しが弱いせいなのか、ここの人たちの精神が鉄壁なせいなのか。鬱々と思い悩みながら、滝先輩に押されて、姿見の前に立つ。

 長い脚にロングブーツ。真っ黒な、丈の短いワンピース。その上に、右と左、丈の長さの違うロングベストを羽織って、長いスカーフを翻し、短い黒髪は濡れたように光りながら、横に流れている。

「……誰ですか、これ。」

「紗鳥ちゃん。」

 驚愕する紗鳥の顔を眺めて、滝先輩はにんまりと笑う。そして、カメラを構える。

「拒絶しちゃだめ。照れてギャーギャー騒ぐ子はゴメンよ。鏡を良く見て、スタイルに入りこんで。その服に似合う表情とポーズ、作ってみて。」

 ぱくぱくと口だけ動かす。そんな表情さえ、強敵からミサイルを撃たれて今にも反撃に出ようとしているSFのヒロイン、といった趣き。恐るべし衣装。恐るべしメイク。

「はよーござ……うわっ! 誰だこれ、スっゲーっ!!」

 先に軽音部の活動に行っていて、遅れてやってきた八雲くんが、ドアを開けるなり絶叫する。近寄ってきて、紗鳥の顔を、至近距離からまじまじと見つめる。

「おまえ、内田かー!?」

「そ、そうですが……」

「へえー……」

 感嘆する八雲くんの目元に、一瞬、ほこっ、とした笑いが浮かんだ。

 それを見た途端、紗鳥の顔面の、目もとから耳にかけての皮膚が、かあっと一気に発熱する。涙まで出そうになって、『じゅわーっ』という音が、骨振動で鼓膜に響く。

 ……なにこれ。やだ。やばい。まずい。

 心臓がバクバク言って、呼吸が苦しくなりかけたところで、八雲くんが、くるりと滝先輩を振り返って叫ぶ。

「いやー、さーすがっすね滝先輩! やっぱ天才の仕事っすよー!」

 がく。

 と、実際に頭の中で呟いて、紗鳥は肩を落とす。……なんか、今の今まで、ものすごーく力入ってたみたい。すごい角度落ちた。

「そお? ありがと。わかったからちょっと出てて。」

「あ、その言い方。信じてないっすね、俺の賞賛。」

「賞賛は信じる。自信あるから。今ジャマなだけ。ともかく出て。」

「えー……」

 びゅんびゅんとメジャーを振り回して、滝先輩が八雲くんを追い立てる。八雲くんは、ぶつぶつ文句を言いつつも、顔では半分以上笑いながら、するりと出ていった。

 紗鳥の方はもう、一度も振り返らないままで。

「さてと。……ああ、いい顔になってるじゃないの。そうそう、そういう感じね。」

 と言って、滝先輩がもう一度、紗鳥の体をくるりと回して、鏡に向かわせる。

 

 今にも誰かに殴りかかっていきそうな、見るからに攻撃的な顔つきの女の子が、拳を固めて、立ち尽くしていた。

 

 

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