minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

3

  共存方法

 

 

 朝いちばん、トイレの出入り口で、ばったりはち合わせたバレー部のクラスメイトに、

「あっ、おっ、おはよう……」

 と、しどろもどろで声をかけたら、相手は表情と体の動きをぴたり、と一瞬静止させ、

「ああ……」

 と、それだけ言って、びみょう……な笑い顔で、そそくさと立ち去ってしまう。

 それだけのことで、胸が詰まって、数秒間呼吸を止めていた自分に気付き、ぷはあっ、と息を吐いたりする。本当に、なんでこんな情けないことになっちゃったんだろう?

「なんでっておまえ……一旦、自分がハブったヤツにアイサツなんかされたら、却ってめんどくせーに決まってんじゃんか。さらーっとムシしとけよ、さらーっと。」

 紗鳥の前の、池田謡ちゃんの座席に勝手にどっかり座りこんで、当の相手にもキチンと聞こえそうなごく普通の大きさの声で、そんなことを言う。八雲くん。気配りは嬉しいんです。でも、この状況、却ってあたしには、ハードです……。

 自分の椅子に八雲くんが座っているのを見た謡ちゃんは、入り口に突っ立ったまま目をキラキラさせているし、クラス中からなにやら視線が突き刺さるし、「エー」とか「ナニアレー」とか黄色い囁き声が聞こえるしで……もう、臨死、って感じだ。

「だっ……だってイヤなんだもの。あたしもう、部だって辞めちゃったし、いつまでも腫れ物扱いされる謂れなんか、ないはずだし。なにも、同じクラスの中で、ずーっと反目しなくても……」

「それって違うぜ。おまえ、今、相手と比べて、自分の方が平和主義者だと思ってるだろ? いがみ合う理由がもうないなら、みんな仲良くしましょうよ、そのほうがお互い、気持ちいいし! みたいなことが言いたいわけだろ?」

 答えるのに、時間がかかった。そうなのか、そうじゃないのか、で言えば、そう、なのだろう。紗鳥はまさしく、その方がお互い、暮らしやすいはずだと思っている。

 だがこういう質問にあった時、紗鳥はついつい、純粋にイエスかノーか、ではなく、今はイエスと言えばいいのだろうかノーと言えばいいのだろうか、を考えてしまう。相手の望む答えが、どちらなのかを推理して、返事するタイミングを逃してしまう。

「でも人間って結局、どんなにがんばっても、わかり合えない奴っているぜ? 考えかたとか、理想とかさ、完全に別方向の奴って、フツーに存在すんだよ。で、そういう人間と、例えば部とかクラスで一緒になったとして、『仲良くしよう!』って言うのって、実は『おまえこっちの考えかたわかれ!』って、強制すんのと同じじゃね? そんなんでドンパチやり合うくらいなら、最初から『ほいーっす』って感じでスルーし合う方が、よっぽど平和保てんじゃん。放っとけよもう。」

「そん……」

 そんな考えかたがあるのね、素晴らしいわ、とも、そんないい加減なこと言わないでよ、とも、両方に取れる箇所でストップして、後は黙りこんでしまう。

「おぅーいっ、ゴーヘー、おっはよーっ! 紗鳥ちゃんも、おっはよーっ!」

 廊下側の窓から、突然ぴりか先輩がニョキッと顔を出し、頭の上で、ブンブンと雑誌を振り回す。

「ゴーヘー、ロッキング・オン返しに来たじょー。」

「おー、ぴりか先輩! ちょーど良かったっす。ちょっとこれ、一緒に見ましょーよ!」

 叫び返して、八雲くんは胸ポケットからiPodを取り出し、廊下へすっ飛んでいく。

「なんじゃらホイ?」

「昨日ユーチューブで、スゲーの見つけてダウンロードしてきたんす。」

 ぷぷっ、と笑いながらイヤホンを取り出し、片方を自分の右耳に、もう片方を、ぴりか先輩の左耳に差す。そして、頭をほとんどくっつけ合わんばかりにして、二人一緒に、小さな画面を覗きこむ。

「お……おっはよー、さとりん。ねえ、八雲くんと、なに話してたのー?」

 やっと自分の椅子が空いた謡ちゃんがやってきて、その椅子の板を2、3回、嬉しそうにサササと撫でまわす。

「ねえねえ、あの先輩、誰? もしかして、もしかして、八雲くんの……」

「ちっ、違う違う違う!」

 別に紗鳥が、そこまで必死になって否定してやる必要性など全くないのだが、なぜか力が入ってしまう。

「あの人たちは、単にああいう人たちなの! あの二人だけじゃなく、あの建物の中の人たちは、みぃー……んな、男子も女子もおかまいなく、ペットボトルの廻し飲みはするわ、オニギリは齧りっこするわ、肩は揉み合うわ、並んで昼寝するわで……ほんっとに節操ないんだから!」

 バチンと机の面をひっぱたいてから、はっと我に返る。

 謡ちゃんが、つぶらな瞳をぱちくりして、びっくりしている。

「あ、ご、ごめんね……」

「ううん……いいんだけど……」

 えへへ、とお互いに気まずい笑顔で雰囲気を立て直していると、廊下の方から、

「ヒヒヒヒヒヒヒ……」

 と、押し殺したような、けれど充分に耳障りな笑い声が響いてくる。

 横目でそーっと窺ってみると、八雲くんとぴりか先輩が、首をかくかくと、ふたり同時にタテに振り動かしながら、

「つったん、つつたん、つったん、つつたん♪」

「ちゃらららららららら~♪」

 などと、小声で歌っている。元になっている音楽が聞こえない人間の目からは、バカにしか見えない。

「ちゃらららららららら~♪」

「ちゃら~ん、ちゃら~ん♪ キヒヒヒヒ……」

「ちゃらららららららら~、来ますよーここでもっかい来ますよー。……日本を印度に」

「しーてしまえっ♪」

「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ……」

 訳のわからないことを叫んで笑いながら、勝手に悶え苦しんでいる。

「ねっ! スゴいっしょこの人たち! 狂ってるっしょ! これ、89年っすよ、俺ら、生まれる前っすよ!」

「キてるねー! 完全に狂ってるねー! 激しく尊敬しちゃうねー!」

 (考え方とか、理想とかさ、完全に別方向の奴って、フツーに存在すんだよ。)

 

 確かにそうだな、と紗鳥は思う。がんばれば誰とでもわかり合えるだなんて、幻想だ。

 

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