8
再構築
掘り出されて数分立った頃、畠山が急にびっくりした顔になって、
「ふおおー!? なんじゃーこりゃー!? 今頃になってすんごい痛いー!!」
と叫び、坂道に倒れ込んで、七転八倒し始めた。
「血が通い出して、感覚が戻ってきてるんだ。」
と史惟は言い、隣にしゃがんで、靴と靴下を脱がせる。
「いたたたた触んないで! 触られたところが痛いー!!」
「痛いか。」
「痛いっ。」
「ここはどうだ。」
「痛いです!」
「ここは?」
「痛いってばー!!」
「じゃあ大丈夫だ。壊疽起こしてない。指は全部生きてる。」
オマケで足の甲全体をバシッとひっぱたいてやると、悲鳴も上げずに、歯を食いしばって悶絶している。つくづく、リアクションの激しいやつだ。
高等部の坂下のバス停まで、おぶって連れて行くことにしたのだが、この忌々しい電気釜を、リュックサックに詰めて持っていくと言って聞かない。
「あのな。そのリュックを背負ったおまえを、さらに俺が背負うんだぞ? 負担になるだろう、とか考えられないのか?」
「じゃあ、オイラはいい。ジャー子ちゃんだけ連れてってあげて。」
「ジャーはバスに乗らねぇよ! だいたいなんなんだ、ジャー子って。」
「この子の名前。今つけた。」
「つけるな!」
埒があかないので、仕方なく折れる。
「そーいやオイラ、あんたの名前知らないや。」
と、背中に張りついた畠山が、今更なことを言い出す。
またしても0コンマ数秒の間に、この話が、滝に伝えられるところを想像してしまう。が、そんなことを想像した後で、わざわざ名乗るのもいやらしい気がする。
「……知らなくていいよ、別に。」
「ふーん? では以後、『命の恩人』と呼ぶぞ。」
「勝手にしろ。」
「命の恩人。」
「なんだよ。」
「部活どこ?」
「……一応、野球。」
「一応って?」
「今、休んでる。」
「なんで?」
「……いろいろあって、成績が、少し下がったんだ。桃李の医学部入んなきゃいけないのに、このままじゃ少し、危ないと思って……。親父に診断書書いてもらって、腎臓が少し悪いとか、そういうことにして……休部届を出した。」
「ふーん。」
「毎日、図書室で勉強して……でも、なんでだろうな、前みたいに集中できないんだ。いつの間にか、全然別のこと考えて……ハッ、と気がついたら、30分とか、余裕で経ってる。授業中も、うちで勉強してるときも、しょっちゅう意識飛ぶし。いったい、どこへ消えちゃってるんだろうな、俺の時間は?」
「…………。」
「なんか全然……生きてる気がしないんだ。」
「…………。」
「ホントは野球やりたいのに、無理にガマンしてる、とか、そういう話でもない。野球は野球で……やっぱり、練習しながら、なんで俺こんなことしてんだろうとか思って、ちょっとついていけなくなった感があったし。そんな風に、なにもかも疑っていったら、仕舞いには全部、なくなってしまうような気がして……。だったらもう、疑うのなんかやめて、一生懸命やればいいって、頭では思うのに、どうしてもやめられない。」
「…………。」
「こういうのって……いっぺん、底まで行くしかないのか?」
「…………。」
「……おい。」
なんとなく、そんな気はしていた。そう言えば、話してる最中に、背中の畠山が急にずしっ、と重たくなった一瞬があったっけ。それは別に、おぶっているうちに、こいつが巨大な電気釜のお化けに変化していた、とかそういう民話的な話ではぜんぜんなく、
「寝るなーっ!!」
「ほえ?」
間抜けた声を出して、畠山が史惟の肩から顔をあげる。
「はうー。人の背中ってのは……気持ちのいいもんだねえー。」
「頬をすり寄せるな! ヨダレつくだろうが!」
「いやー、だいじょーび、だいじょーび。」
「酔っぱらいかおまえは? なにがだいじょーびだ!」
「恩人、いい人だしさー。」
いやーあんたってホントにいい人だねー。
呆れたような、滝の口調。その口調と言葉の内容とのギャップが理解できなくて、困惑したまま、「そう? ありがとう」と返したら、更に呆れた顔でため息を吐いていた。
「いろいろ、あるんかもしんないけど……でもほんとーに、底の底からいい人だし、強いから……だから、きっとだいじょびだよ。」
そう呟くと、畠山はまた史惟の肩に、ことんと顔を落としてきた。
すうすうと、静かな息づかい。
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