minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

6

  生殺与奪の権利

 

 

 驚いたことに、畠山はキャベツを一玉、完食した。

「どういう腹をしているんだ。」

 と、最早呆れを通り越した投げやりな声で、史惟は呟く。

「春キャベツ、結球ユルいもん。」

 と、畠山は言い、ぽこぽこと腹鼓を打つ。

「たいした量じゃないよ。圧縮したら多分、リンゴ3個分くらい。」

「それだって、普通は入らないぞ。異常胃袋だな。」

「いやー、それほどでもー……」

「なにを照れてんだよ! 褒めてねぇよ! 頭おかしいんじゃねぇのかおまえ!」

 罵倒すると、人並みにムッとした顔になって、ぷいとそっぽを向く。

 ……なんかだんだん、こいつのペースに巻き込まれているような気がする。バカが伝染しかかっているんだろうか。やばい。とっとと片付けて、おさらばしなければ。

「まだ足は動かないか?」

 いいかげん痛くなってきた腕の筋肉を揉みながら、うんざりした声でそう尋ねると、畠山は顔をしかめながら、下半身をもじもじと動かす。が、

「うん、まだ抜けない。」

 と言って、情けなさそうなため息を吐く。

 そのため息と同時に……まるで、呼び寄せられでもしたみたいに、ざあっと風雨が激しくなる。

 遥か遠く、大学の坂道に設置されたライトの周りで、大粒の雨がキラキラと光る。周囲の竹林が、どっこどっこと大揺れに揺れて、枯れた葉を吹き散らす。

「わー、嵐みたいになっちゃったね。」

「他人事みたいに言ってんじゃねぇよ!」

 カビ臭い電動マッサージチェアに足ばらいをかけて転がしながら、史惟はいらいらと怒鳴り返す。ちくしょうめ、なんで大学から、こんなゴミが出るんだ!

「ちょっとは自分の身の上を心配したらどうなんだ? 俺はいざとなったら、いつでもおまえを放り出して、家に帰れるんだぞ!」

「へーえ。」

「へーえじゃない。もっと真剣に、怯えるとかなんとかしろって言ってるんだよ!」

「怯える?」

 きょとんとした声で、畠山は問い返す。

「なにに?」

 それがなぜか、最後の一押しになった。

 もはや、このわけのわからない怒りを隠すこともなく、全身から発散させながら、史惟は告げる。

「状況を見ろよ……。ここにおまえが埋まってることを知ってるのは、全世界中にこの俺、ただひとりなんだぞ? もし仮に俺が……俺が、ここでおまえの首を絞めたりとかしたら……いったい、どうなると思ってるんだ?」

 だが、畠山は、まるで怖れ気もなく、淡々と応える。

「どうなるって。そりゃ、そうなったらオイラは死ぬだろうね。」

「やるわけないと思ってるだろ?」

 ゴミの山を踏んで、史惟はゆっくりと、畠山に近づいた。

「そんな、テレビのニュースみたいなことが、本当に起こるわけがないって、タカをくくってるだろ……?」

 腕を伸ばして、喉元を掴まえる。片手で握りつぶしてしまえそうな、細い首。

「ううん。あんたがやってきた時から、覚悟はしてた。」

 抵抗しない。どこか淋し気な苦笑いを浮かべながら、畠山は言った。

「見ただけでわかったよ……こいつはどうも、オイラを殺しかねないな、って……」

 稲妻が走って、ゴミステーションの中を、一瞬だけ、真昼のように照らし出す。

 震えが止まらない。下っ腹に、なにか、言いようのない不愉快な感じ。これはなんだっけ? つい最近も、どこかで感じたような覚えがある。なにか……膀胱が、縮み上がるような感じ。ああそうだ、カウンセリングルームだ。あの軽薄そうなカウンセラーが、予定表に俺の名前を書き入れた。あれを見た時にも、こんな感じがした。

 いや。あの時ばかりじゃない。ここしばらくの俺は、いつだってこの感覚と、隣り合わせで生きていたような気がする。

 長島風花の、恐怖に引きつった笑顔が脳裏に浮かぶ。あの子の恐怖が、俺には手に取るように、よくわかる……。

「なんでだよ。」

 畠山の喉に手をかけたまま、史惟は呆然と呟く。

「なんでおまえにそんなことがわかるんだよ。」

 うわあー、なんて頭の悪そうなセリフだろう、まるでヤンキーの出てくる青春ドラマみたいだー。そんな風に、ことさら明るく、軽ーくつっこんでいる自分が、頭上30センチを浮遊している。怒っている自分と、分離しかけている。

「オイラにもわかんない。どうして自分がいつもいつも、こういう人間を引き寄せてしまうのか。でも小さい時から、ずっとそうなんだ。怒りや矛盾を抱えた人が、まるで、この世にオイラさえいなくなれば、自分の中のその矛盾もきれいになくなって、楽になれるんだ、って願掛けするみたいに、その感情をぶつけてくる。でもオイラもう、やめるんだ、そういうの。二度と吸収してやらないことに決めたんだ。」

 黙らせたい、と思う。こいつの口を塞いでしまいたい。でも、それをやったら本当に、本当の、最後だ。

「ここでオイラを殺して……それが運良く、誰にも見つからなかったとしても……あんたの中に住んでるものは、死なない。決して死なない。早くなんとかしないと……」

 そう言いながら、畠山はすっと片手を挙げて、史惟の下腹の辺りを指差した。

「それ、噴き出してくるよ。」

 ぐいっと突いてくる。

 ぴゅっと、ごくわずか、小便が漏れた。情けない気持ち。

 そのままの体勢で、長い、長い時間が過ぎる。畠山の首が、ぬるぬると滑り出す。それが、自分の掌の汗のせいだとわかるまでに、だいぶかかった。

「……雨やんだね。」

 ふと、視線をずらして、畠山が言った。

 釣られて史惟も、フェンスの外を見る。冷たい外気が、ゴミステーションの中へ吹き込んでくる。

「空が明るくなってきた……。」

 と言って、畠山が、ふっと笑う。

 それはひどく、親密な微笑みだった。まるで、今の今まで、深いキスでも交わし合っていて……その激情が去った後で、優しく見交わし合っているみたいな。

「少し、痛い。」

 そう言って、微かに顔をしかめながら、自分の首にかかっている史惟の手に、指を絡めてくる。

 史惟は、おとなしく、手を下ろした。

「……もともとあんたは、オイラを掘り起こすために、ここへ来たわけじゃないんだよ。自分の中に、なんだかわけのわかんないものが住んでて、すごく苦しいから、それを掘り起こすために、来たんだ。」

 声が違う。あの潰したような、甲高い声ではない。もの柔らかで、眠た気な、どこか催眠術師のように密やかな声でそう囁きながら、史惟の手を、そっと摩る。

「……だから、最後まで、おやりよ。」

 雨雲が走り去って、月が顔を出す。粗大ゴミステーションの中に、月光が射し込む。

 畠山は、心配そうな顔をしていた。

 どうやら、史惟のことを、心配してくれているらしかった。

 

 

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