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情報収集
古ぼけたソファーに上半身をもたせかけたまま、畠山はだらりと全身脱力して、動こうとしない。
最初は自分でなんとかするとまで言っていたくせに、身の回りの小さなゴミひとつ、取りのける素振りも見せなくなった。
「はうー……。おなかへったー……。」
くーきゅるきゅるきゅる~、と、見事な腹の虫を鳴かせて、情けなさそうに呟く。
「……カロリーメイトでよけりゃ、1本残ってるぞ。」
口をきくと腹が立つ。もう最後まで、無言でやっつけてしまおう、と思っていたのに、なぜだか史惟は、そんな親切なことを口に出してしまう。
「ブロック? なに味?」
「チーズ。」
「じゃいい。オイラあの味キライ。チョコのが好き。」
「勝手にしろ。」
この状況で、どうしたら俺にそんな態度を取る気になれるんだ。無事にここから出られるかどうかの鍵は、俺が握っていると言うのに。
「あのさ、そこの入り口のとこに、リュックあるでしょ? 草緑色の。」
「……ああ、これか。汚いからゴミだと思ってた。」
「取って。」
これだけの重労働をしてやってる俺に、ただ挟まってるだけの奴が、なにを偉そうに。
そう思ったが、しぶしぶ動いてやる。手渡すと、中をごそごそ引っ掻き回して、なにか、でかい、まるいものを取り出す。
キャベツだった。
なんでリュックサックに、丸ごとのキャベツが……
呆気にとられる史惟を尻目に、畠山は、そのキャベツの葉を一枚ずつぺりぺりと剥がしては、うまそうに齧り始めた。
「むふーん、甘ーい。」
「……青虫みたいな奴だ。」
「1枚食べる?」
「いらん!」
「おいしいんだよー、すっごく。園芸部長が、桃園会館の中庭の畑で育てたの。」
「園芸部長? ……それは1組の、天野晴一郎か?」
セイちゃーん、という滝の声が、耳の中でこだまする。
廊下で、玄関で、階段の踊り場で。二人で立ち話をしている姿を、幾度となく目撃している。昼食だって、こいつらの部活仲間は、いつも同じテーブルで固まって食べている。滝と天野が隣り合わせに座っていることも、しばしばだ。
そのたびに史惟は、さらりと視線をそらして、なんでもない顔で通過してきた。だが、滝のあの親し気な眼差しが、癪にさわって仕方がない。いったい、あの半分ゾンビみたいな不気味な野郎のどこがよくて、あんな風に呼びかけるんだ? どうして『滝ちゃん』なんて呼ばれて、平気でいるんだ?
「あれま。あんた、あの人とお知り合い?」
と、畠山が素っ頓狂な声を上げる。
「別に知り合いじゃない。今年、同じクラスになっただけだ。」
「ふーん。じゃ理数組か。」
「ああ。医者にならなきゃいけないからな。」
「お医者さんに? なんで?」
「家が病院なんだ。」
「へえ。」
それだけで、あっさりと黙り込んで、またぱりぱりとキャベツを齧りだす。
どうにもがまんできなくなって、また、こちらから話しかけてしまう。
「……あれって、ヘンな奴だな。」
「誰?」
「天野。」
「ああ。」
「そう思わないか?」
「怖い。」
「怖い?」
「オイラのこと、いっつもいぢめる。」
「へえ、どうしてだ?」
「多分、オイラがドロボーするから。このキャベツも、畑から勝手にいただいたの。」
「それじゃ恨まれて当然じゃないか。」
呆れ返ってそう言ったが、畠山は、どうもそれが当然だとは思えないでいるらしい。不満そうにほっぺたを膨らませながら、
「ぷーんだ。ぷーんだ。ぷんのぷんのぷーんだ。」
などと呟いている。
「その……天野ってさ。」
こちらまわりで尋ねれば、ばれないだろうか。
「誰か、彼女とかいる?」
「……ほえ?」
キャベツの葉を、巨大なベロみたいに口から垂れ下がらせながら、畠山は間の抜けた声を出す。
たっぷり10秒ばかりも、そんな風にほうけて、史惟の顔をまじまじと見つめるから、ついつい慌てて、
「いや、つまり、」
と、言い訳を始める。
「あいつってさ、のってこないんだよ。クラスで、そういう話してもさ。ほら、理数クラス、男子の方が圧倒的に多いじゃんか? それで、お互いの彼女とか、女の子一般の話なんか、よくするんだけど、そういうのにぜんぜん、加わらない。」
「さもありなむ。」
と畠山は、妙に神妙な口調で言う。
「あの人、閉じてるもん。」
「閉じてる?」
「他の人間が存在する必要ないの。自分と地面があれば、それでいいの。」
そう言って、なぜか腹立たし気に、ケッと顔を歪める。
「……じゃあ、誰もあいつと、本当に仲良かったりはしないわけだ?」
「んー、そんなこともない。たかもくんと喋る時は、ちょーっと開いてるかなー。それに、タキもわりと仲いいよ。」
聞いた史惟の心臓が、ぎゅっと縮み上がる。
「あ、ああ……それは、あれか、いつもおまえと一緒にいる……」
「そう。」
「すると……その子が天野の彼女?」
「うーん?」
首を傾げて、考え込んでしまう。なんで考え込むのだこんなことで。
「知らないのか? あんなにいつもいつも一緒にいて。」
「知らない。」
「普通、話すだろう、女の子同士は。そういうこと。」
「あんたさっき、オイラたちが普通じゃないってゆったじゃん。」
「言ったけど……。じゃ本当に知らないのか? 滝と天野が、つき合ってるかどうか。」
うっかり、滝を呼び捨てにしてしまって、史惟は『まずい!』と顔をこわばらせる。
だが、畠山は、それにはまったく気づいた素振りもなく、
「知らないなあ。」
と暢気に応え、またぱりぱりと、キャベツを齧り始める。
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