minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

5

  情報収集

 

 

 古ぼけたソファーに上半身をもたせかけたまま、畠山はだらりと全身脱力して、動こうとしない。

 最初は自分でなんとかするとまで言っていたくせに、身の回りの小さなゴミひとつ、取りのける素振りも見せなくなった。

「はうー……。おなかへったー……。」

 くーきゅるきゅるきゅる~、と、見事な腹の虫を鳴かせて、情けなさそうに呟く。

「……カロリーメイトでよけりゃ、1本残ってるぞ。」

 口をきくと腹が立つ。もう最後まで、無言でやっつけてしまおう、と思っていたのに、なぜだか史惟は、そんな親切なことを口に出してしまう。

「ブロック? なに味?」

「チーズ。」

「じゃいい。オイラあの味キライ。チョコのが好き。」

「勝手にしろ。」

 この状況で、どうしたら俺にそんな態度を取る気になれるんだ。無事にここから出られるかどうかの鍵は、俺が握っていると言うのに。

「あのさ、そこの入り口のとこに、リュックあるでしょ? 草緑色の。」

「……ああ、これか。汚いからゴミだと思ってた。」

「取って。」

 これだけの重労働をしてやってる俺に、ただ挟まってるだけの奴が、なにを偉そうに。

 そう思ったが、しぶしぶ動いてやる。手渡すと、中をごそごそ引っ掻き回して、なにか、でかい、まるいものを取り出す。

 キャベツだった。

 なんでリュックサックに、丸ごとのキャベツが……

 呆気にとられる史惟を尻目に、畠山は、そのキャベツの葉を一枚ずつぺりぺりと剥がしては、うまそうに齧り始めた。

「むふーん、甘ーい。」

「……青虫みたいな奴だ。」

「1枚食べる?」

「いらん!」

「おいしいんだよー、すっごく。園芸部長が、桃園会館の中庭の畑で育てたの。」

「園芸部長? ……それは1組の、天野晴一郎か?」

 セイちゃーん、という滝の声が、耳の中でこだまする。

 廊下で、玄関で、階段の踊り場で。二人で立ち話をしている姿を、幾度となく目撃している。昼食だって、こいつらの部活仲間は、いつも同じテーブルで固まって食べている。滝と天野が隣り合わせに座っていることも、しばしばだ。

 そのたびに史惟は、さらりと視線をそらして、なんでもない顔で通過してきた。だが、滝のあの親し気な眼差しが、癪にさわって仕方がない。いったい、あの半分ゾンビみたいな不気味な野郎のどこがよくて、あんな風に呼びかけるんだ? どうして『滝ちゃん』なんて呼ばれて、平気でいるんだ?

「あれま。あんた、あの人とお知り合い?」

 と、畠山が素っ頓狂な声を上げる。

「別に知り合いじゃない。今年、同じクラスになっただけだ。」

「ふーん。じゃ理数組か。」

「ああ。医者にならなきゃいけないからな。」

「お医者さんに? なんで?」

「家が病院なんだ。」

「へえ。」

 それだけで、あっさりと黙り込んで、またぱりぱりとキャベツを齧りだす。

 どうにもがまんできなくなって、また、こちらから話しかけてしまう。

「……あれって、ヘンな奴だな。」

「誰?」

「天野。」

「ああ。」

「そう思わないか?」

「怖い。」

「怖い?」

「オイラのこと、いっつもいぢめる。」

「へえ、どうしてだ?」

「多分、オイラがドロボーするから。このキャベツも、畑から勝手にいただいたの。」

「それじゃ恨まれて当然じゃないか。」

 呆れ返ってそう言ったが、畠山は、どうもそれが当然だとは思えないでいるらしい。不満そうにほっぺたを膨らませながら、

「ぷーんだ。ぷーんだ。ぷんのぷんのぷーんだ。」

 などと呟いている。

「その……天野ってさ。」

 こちらまわりで尋ねれば、ばれないだろうか。

「誰か、彼女とかいる?」

「……ほえ?」

 キャベツの葉を、巨大なベロみたいに口から垂れ下がらせながら、畠山は間の抜けた声を出す。

 たっぷり10秒ばかりも、そんな風にほうけて、史惟の顔をまじまじと見つめるから、ついつい慌てて、

「いや、つまり、」

 と、言い訳を始める。

「あいつってさ、のってこないんだよ。クラスで、そういう話してもさ。ほら、理数クラス、男子の方が圧倒的に多いじゃんか? それで、お互いの彼女とか、女の子一般の話なんか、よくするんだけど、そういうのにぜんぜん、加わらない。」

「さもありなむ。」

 と畠山は、妙に神妙な口調で言う。

「あの人、閉じてるもん。」

「閉じてる?」

「他の人間が存在する必要ないの。自分と地面があれば、それでいいの。」

 そう言って、なぜか腹立たし気に、ケッと顔を歪める。

「……じゃあ、誰もあいつと、本当に仲良かったりはしないわけだ?」

「んー、そんなこともない。たかもくんと喋る時は、ちょーっと開いてるかなー。それに、タキもわりと仲いいよ。」

 聞いた史惟の心臓が、ぎゅっと縮み上がる。

「あ、ああ……それは、あれか、いつもおまえと一緒にいる……」

「そう。」

「すると……その子が天野の彼女?」

「うーん?」

 首を傾げて、考え込んでしまう。なんで考え込むのだこんなことで。

「知らないのか? あんなにいつもいつも一緒にいて。」

「知らない。」

「普通、話すだろう、女の子同士は。そういうこと。」

「あんたさっき、オイラたちが普通じゃないってゆったじゃん。」

「言ったけど……。じゃ本当に知らないのか? 滝と天野が、つき合ってるかどうか。」

 うっかり、滝を呼び捨てにしてしまって、史惟は『まずい!』と顔をこわばらせる。

 だが、畠山は、それにはまったく気づいた素振りもなく、

「知らないなあ。」

 と暢気に応え、またぱりぱりと、キャベツを齧り始める。

 

 

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