minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

4

  ゲーム開始

 

 

 内部は、思った以上に暗かった。これからまだまだ、暗くなっていくだろう。

 わずかな薄明かりで、史惟は、この子を挟んでいるものがなんなのかを調べる。一見、なんてことはないただの隙間に、両足を突っ込んでいるだけのように見える。

「動かせないの?」

 と尋ねると、

「動かない。膝くらいまでは隙間があるんだけど、足首の辺りに、なにかパイプみたいなものがあって、それで捕まえられちゃってるの。」

 と、他人事みたいに淡々と答える。

「なんでそんなことになったの?」

「上にあったもの取ろうとしたら、棚が、ぐらぁーっ、て感じで倒れ始めたの。それで慌てて飛び降りたら、突っ込んじゃった。ずぼーって。」

「ずぼーって。」

「ほいでそこへ上から、他のものがだばだばだばーって。」

「だばだばーって。あ、そう。」

 本当に、おかしな喋り方だ。確かに説明としてはわかりやすいが、筋道立っているのか、下手なのかハッキリしない。

「片足? 両足?」

「右足だけ。左は多分、抜こうと思えば抜ける。」

「まあこの体勢で左だけ抜いてもしょうがないよね。」

 右足首のありそうな場所に見当をつけて、そのパイプみたいなものの正体を、見極めようとする。

 めちゃくちゃに積み重なった、大量の粗大ゴミ……。スチールの本棚や、旧式のプロジェクター、年代物のパソコン、事務机など、いかにも大学の研究室から出たっぽいゴミに、コーヒーメーカーやパネルヒーターなどの、家電製品も混じっている。

 小さいものをいくつか、脇へどけて、覗き込んでみる。すると下の方に、折りたたみのパイプ椅子を大量に、重ね置かれてできた層があるらしいことに気がついた。

「ああ……あれかな。」

 と史惟は呟き、今度は、そのパイプ椅子の層の上を調べる。

 なだれをおこした大型のゴミが、めいっぱい、ぐちゃぐちゃに載っかっている。どう頭を働かせても、これを上から順繰りに脇へどかしていく、という、原始的かつ面倒な作業をする以外に、うまい方法なんか思いつかない。

「これは、ちょっとかかりそうだなあ……」

 あまりの面倒臭さに、史惟はもう、自分でどうにかしようという気を失いそうになってしまう。

 ここからまっすぐ、大学の事務局に行って、報告すればいいんじゃないかな? そうすれば、あとは大人たちが、なんとかしてくれるだろうし……。

 けれど、その考えは、畠山が、

「じゃあ、無理に手伝ってくれなくてもいいよ。」

 と言った途端、なぜだかするりと引っ込んでしまった。

「オイラひとりで、なんとかするよ。」

「なるわけないだろこんなの、てっぺんから順にどかしていかなきゃダメなんだぞ。そこで捕まったまま、どうやってあれを動かすんだよ?」

 なぜか、怒ったような声でそう言い返して、史惟は猛然と、ゴミの山に立ち向かい始める。

 まずは、山の裾野に、すっかり覆いかぶさっている本棚を起こす。そして、邪魔にならないように、奥のフェンスに、しっかりと立てかける。

 それから、手にとどく範囲のゴミを順に持ち上げて、いちばん遠い隅っこに、積み上げていく。

 畠山は、なにも言わなかった。流れから言ったら、ここで「ありがとう」だとか、「あんた親切だね」だとか、なにかそういう一言があって然るべき気がしたが、なにもない。

 ただ、じっと史惟の顔を眺めている。

 その視線にも、感謝らしきものは、微塵も含まれていない。冷徹な……なにか、底を見透かそうとしているかのような、鋭い視線。

「……なんだよ。俺の顔、なんかおもしろいのかよ?」

 威嚇するような声でそう言う。どうしてだろう、わけのわからない怒りが、ふつふつと湧き上がって止まらない。そのくせ、こいつをこのまま、放り出していく気にもなれない。

 意地でも掘り起こしてやる……。そう思って、がむしゃらに動き始めた史惟の顔を、まじまじと眺め、

「うん。すんっごくおもしろいよ。」

 と、畠山はどこか陰鬱な、淋しいような微笑みを浮かべてそう言った。

「あんた……ずいぶんと、ヘンなお人だねえ。」

「ヘン!?」

 あまりにバカバカしい言い草で、棚を持ち上げようと踏ん張っていた体から、へなっと力が抜けてしまう。

「……おまえにそんなことを言われるとは、夢にも思わなかったな。」

「どして?」

「どうしてって……俺は別段、どこもおかしなところなんかないだろうが。そっちだろ、桃李学園いちばんの変人は。」

「オイラがそうゆわれてるらしいのは、知ってる。」

 そう言って、畠山は背中のソファーに、ひどく無防備な様子で体を預ける。

「それに、オイラの友達も……。でもオイラ、自分たちのことヘンだと思ったことって、いっぺんもないな。オイラも、タキも、至極真っ当に成長してきてるんだよ。」

 滝。

 あいつをどう分類していいのか、俺には未だに、わからない。

 手芸部を取り仕切って、華々しい活躍をしていた頃、あいつは中等部きってのアイドルだった。成績も優秀。ルックスも最高。家庭は、少し変わった家のような感じがしないでもなかったが、それなりに裕福で、インテリで。

 ぴったりだと思った。俺とあいつなら、誰からも文句のでない、すばらしい組み合わせだと思ったのだ。事実、つき合い始めてからは、まわりの誰もがそう言った。二人で一緒に歩いていると、「写真撮ってもいいですか?」と聞いてくる下級生が、あとを絶たなかった。芸能リポーター気取りで、マイク変わりのシャープペン突きつけて、「今のお気持ちは?」なんて聞いてくる奴までいたくらいだ。

「……自覚症状がない、ってのが、実はいちばん危ないんじゃないか?」

 錆だらけのオーブントースターを、わざと乱暴に壁に投げつけながら、史惟は言う。ガシャーン! と、脅かすような破壊音。

「自分で自分のことを、まともだと思い込んでる奴ほど、実はまともじゃないからな。」

「あんたのことだね。」

 と畠山は言い、にやりと笑う。

 それでムカッと来て、一瞬、今掘り起こしたばかりのスツールで、その顔をめった打ちに打ち据えるところを、ありありと思い描いてしまう。

 

 

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