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ゲーム開始
内部は、思った以上に暗かった。これからまだまだ、暗くなっていくだろう。
わずかな薄明かりで、史惟は、この子を挟んでいるものがなんなのかを調べる。一見、なんてことはないただの隙間に、両足を突っ込んでいるだけのように見える。
「動かせないの?」
と尋ねると、
「動かない。膝くらいまでは隙間があるんだけど、足首の辺りに、なにかパイプみたいなものがあって、それで捕まえられちゃってるの。」
と、他人事みたいに淡々と答える。
「なんでそんなことになったの?」
「上にあったもの取ろうとしたら、棚が、ぐらぁーっ、て感じで倒れ始めたの。それで慌てて飛び降りたら、突っ込んじゃった。ずぼーって。」
「ずぼーって。」
「ほいでそこへ上から、他のものがだばだばだばーって。」
「だばだばーって。あ、そう。」
本当に、おかしな喋り方だ。確かに説明としてはわかりやすいが、筋道立っているのか、下手なのかハッキリしない。
「片足? 両足?」
「右足だけ。左は多分、抜こうと思えば抜ける。」
「まあこの体勢で左だけ抜いてもしょうがないよね。」
右足首のありそうな場所に見当をつけて、そのパイプみたいなものの正体を、見極めようとする。
めちゃくちゃに積み重なった、大量の粗大ゴミ……。スチールの本棚や、旧式のプロジェクター、年代物のパソコン、事務机など、いかにも大学の研究室から出たっぽいゴミに、コーヒーメーカーやパネルヒーターなどの、家電製品も混じっている。
小さいものをいくつか、脇へどけて、覗き込んでみる。すると下の方に、折りたたみのパイプ椅子を大量に、重ね置かれてできた層があるらしいことに気がついた。
「ああ……あれかな。」
と史惟は呟き、今度は、そのパイプ椅子の層の上を調べる。
なだれをおこした大型のゴミが、めいっぱい、ぐちゃぐちゃに載っかっている。どう頭を働かせても、これを上から順繰りに脇へどかしていく、という、原始的かつ面倒な作業をする以外に、うまい方法なんか思いつかない。
「これは、ちょっとかかりそうだなあ……」
あまりの面倒臭さに、史惟はもう、自分でどうにかしようという気を失いそうになってしまう。
ここからまっすぐ、大学の事務局に行って、報告すればいいんじゃないかな? そうすれば、あとは大人たちが、なんとかしてくれるだろうし……。
けれど、その考えは、畠山が、
「じゃあ、無理に手伝ってくれなくてもいいよ。」
と言った途端、なぜだかするりと引っ込んでしまった。
「オイラひとりで、なんとかするよ。」
「なるわけないだろこんなの、てっぺんから順にどかしていかなきゃダメなんだぞ。そこで捕まったまま、どうやってあれを動かすんだよ?」
なぜか、怒ったような声でそう言い返して、史惟は猛然と、ゴミの山に立ち向かい始める。
まずは、山の裾野に、すっかり覆いかぶさっている本棚を起こす。そして、邪魔にならないように、奥のフェンスに、しっかりと立てかける。
それから、手にとどく範囲のゴミを順に持ち上げて、いちばん遠い隅っこに、積み上げていく。
畠山は、なにも言わなかった。流れから言ったら、ここで「ありがとう」だとか、「あんた親切だね」だとか、なにかそういう一言があって然るべき気がしたが、なにもない。
ただ、じっと史惟の顔を眺めている。
その視線にも、感謝らしきものは、微塵も含まれていない。冷徹な……なにか、底を見透かそうとしているかのような、鋭い視線。
「……なんだよ。俺の顔、なんかおもしろいのかよ?」
威嚇するような声でそう言う。どうしてだろう、わけのわからない怒りが、ふつふつと湧き上がって止まらない。そのくせ、こいつをこのまま、放り出していく気にもなれない。
意地でも掘り起こしてやる……。そう思って、がむしゃらに動き始めた史惟の顔を、まじまじと眺め、
「うん。すんっごくおもしろいよ。」
と、畠山はどこか陰鬱な、淋しいような微笑みを浮かべてそう言った。
「あんた……ずいぶんと、ヘンなお人だねえ。」
「ヘン!?」
あまりにバカバカしい言い草で、棚を持ち上げようと踏ん張っていた体から、へなっと力が抜けてしまう。
「……おまえにそんなことを言われるとは、夢にも思わなかったな。」
「どして?」
「どうしてって……俺は別段、どこもおかしなところなんかないだろうが。そっちだろ、桃李学園いちばんの変人は。」
「オイラがそうゆわれてるらしいのは、知ってる。」
そう言って、畠山は背中のソファーに、ひどく無防備な様子で体を預ける。
「それに、オイラの友達も……。でもオイラ、自分たちのことヘンだと思ったことって、いっぺんもないな。オイラも、タキも、至極真っ当に成長してきてるんだよ。」
滝。
あいつをどう分類していいのか、俺には未だに、わからない。
手芸部を取り仕切って、華々しい活躍をしていた頃、あいつは中等部きってのアイドルだった。成績も優秀。ルックスも最高。家庭は、少し変わった家のような感じがしないでもなかったが、それなりに裕福で、インテリで。
ぴったりだと思った。俺とあいつなら、誰からも文句のでない、すばらしい組み合わせだと思ったのだ。事実、つき合い始めてからは、まわりの誰もがそう言った。二人で一緒に歩いていると、「写真撮ってもいいですか?」と聞いてくる下級生が、あとを絶たなかった。芸能リポーター気取りで、マイク変わりのシャープペン突きつけて、「今のお気持ちは?」なんて聞いてくる奴までいたくらいだ。
「……自覚症状がない、ってのが、実はいちばん危ないんじゃないか?」
錆だらけのオーブントースターを、わざと乱暴に壁に投げつけながら、史惟は言う。ガシャーン! と、脅かすような破壊音。
「自分で自分のことを、まともだと思い込んでる奴ほど、実はまともじゃないからな。」
「あんたのことだね。」
と畠山は言い、にやりと笑う。
それでムカッと来て、一瞬、今掘り起こしたばかりのスツールで、その顔をめった打ちに打ち据えるところを、ありありと思い描いてしまう。
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