minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

10

  奥底の願いを直視する

 

 

「おーい! 命の恩人ーっ!!」

 学食に、けたたましい声が響き渡る。

 思わず「げっ」という顔で振り返ると、遠くの方で、足首に白い包帯を巻いた畠山ぴりかが、テーブルの脇に立って、ぶんぶんと手を振っていた。

 その側には、懐かしい顔が……中等部3年生の時、4ヶ月と7日だけつき合った初めての彼女、福岡滝が、史惟に気付いて、やはり「げっ」という顔をしている。傍らの畠山になにか尋ねながら、史惟の方を指差す。畠山が笑いながら頷くと、やれやれという様子で、肩を竦めてみせる。

「ねーっ、ちょっとこっち来てー! お礼があるの、昨日のお礼ー!!」

 不必要によく通る声で、畠山がそんなことを言う。

 史惟は、滝を見た。すこし迷惑そうではあるが、拒絶まではしていない。

 ゆっくりと近づいていく。畠山と、滝と、その奇妙な部活仲間が、いつも一緒に昼食を食べている、隅っこのテーブル。

「……なんだよ、お礼って。」

 できるだけ、つっけんどんな態度でそう言うと、畠山はくすくすと笑いながら、テーブルの上にあった、白い、丸いものを、胸に抱え上げる。そして、それをゆらゆらと動かしながら、オクターブ高い、おかしな声で喋り始める。

「オンジンサマ~、ユウベハ、ワタクシノコトマデオタステイタダキ、マコトニアリガトウゴザイマシタ~。」

 白い丸いものが、ぺこりとお辞儀をする。

 昨日の電気釜だった。蓋に、マンガ的な目鼻が描かれている。

「オカゲサマデ、ジャーコハ、ダイ2ノジンセイヲ、ハジメサセテイタダクコトニナリマシタノ。ドウゾ、メシアガッテクダサイマセ~。」

 ぱかりと蓋が開く。中には、鮮やかな薄緑のグリーンピースがいっぱい入った豆ごはんが、ほかほかと湯気を上げていた。

「とゆーわけで。さ、たーんとおあがり。」

 と、元の声に戻って言いながら、畠山が学食備え付けの小さな茶碗に、豆ごはんを山盛りによそって差し出してくる。見渡せば、このテーブルのメンバー全員が、同じ物を食べている。

「……おまえら、学校で飯、炊くなよー。」

 笑えてくる。なんて非常識でバカな連中なんだ。

「わざわざ家から米、持ってきたのか?」

「ううん。実は昨日、オイラとタキとで、坂下の商店街に、衣装用の布買いに行ったら、レジの人が、福引き券くれてね。ほいでオイラ回したら、赤い玉がぽろんって出てきて、おーおーあーたーりー、ってなったの。コシヒカリ10キロ。ねっ、タキ?」

 水を向けられて、滝は一瞬だけ眉を顰めたが、すぐに割り切ったように、史惟に向き直る。

「それで、ゴミ捨て場の電気釜に過剰反応しちゃったみたい。後先考えない子だから……世話かけたわね。」

「……いや。」

 初めて言葉を交わす。あの日以来、初めて。

「あ……この豆はさ、そこの天野が、園芸部で育てたやつなんだよ。」

 と、中3で同じクラスだった高杢海斗が、もごもごとそんなことを言う。

「天野が? へえ。」

 そう言うと、滝の隣にいた天野が、ぬぼーっとした顔を一瞬だけ上げて、小さく頷く。

「それとさー、ひとつ、ちょーっとしたお願いがあったりもするんだー。」

 と、畠山が言って、リュックをごそごそかきまわし、紙と鉛筆を取り出して、史惟の鼻先に突き出してくる。

「なんだよ、これ。」

「演劇部入ってちょ。」

「はあーん!?」

 どこがちょーっとしてるんだ! あまりのことに史惟は、学食中に響き渡るような大声で叫んでしまう。だが畠山は、そんなことでは全然怯まない。

「今年ってば、不作でさー。今、オイラとタキの二人っきゃいないの。このままだと、部費、がぽっと減らされちゃうから、誰か入ってくんないかなーってゆってたとこだったのね。ほら、あんた今、野球部、休んでるってゆってたじゃん。」

 ほれほれ、と鼻先に鉛筆突きつけながら、勝手なことをほざく。

 紙は、部員名簿だった。畠山の向こうで、滝が頭を抱えて「あちゃー」という顔をしている。

「……悪いけど、俺、野球部復帰するから。」

「あれま。」

 たった今、そう決めた。別に逃げるわけじゃないけど。

「だから……」

 はっきり断りかけて、目の前の畠山が、ぷいっと下唇突き出して、ひどく不満そうな顔をしているのに気づく。

「だ……だから、まあ……あれだ……名前貸すぐらいなら……」

「ホントっ!? 貸してくりる?」

 一転、ぴかーん、と輝く。なんて単純な奴だ。

「い……言っとくけど、手伝いとか、一切できないぞ。本っ当に名前だけだ。」

「うん、うん、それでいい! ありがとー!」

 名簿と鉛筆を受け取り、クラスと名前を書き入れる。

 すぐ上に、滝の名前。それをしばらく、じっと見つめる。

「とおの……これ、なんて読むの?」

 がりがりと頭を掻きむしりながら、畠山が尋ねる。

「別にいいよ、読めなくて。」

「ふーん。では以後、『遠野恩人』と呼ぶことにする。」

「勝手にしろ、もう。じゃあな!」

 豆ごはんの茶碗をもって、逃げるように背を向け、歩き出す。その背中に、

「おかわりいつでも来てねー!」

 という、耳障りな声が追いかけてくる。

 本当は、振り向いて、滝の顔が見たい。そして言いたい。

 まだ、滝が好きだ。諦めてなんかいないんだ、と。

 でも、待ち合わせのテーブルに座った風花が、こっちを見ながら、泣きそうな顔になっている。あの子は俺と同じだ。きっとなにかの芝居から、降りられなくなっている。

 まずは風花に、ちゃんと謝ろう。そして、幕を引こう。

 

 話は、それからだ。

 

 

→ next

http://kijikaeko-mch.hatenablog.com/entry/13-1

 

 

 

20/20

20/20