minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

7

  伝えたいこと

 

 

 しばし、呆然とした沈黙が流れる。

 なにをどう言えばいいのだろう。惣一郎が、混乱した頭をふりしぼって言葉を探しているうちに、背後の少女が、先に口を開いた。

「……ごめんなさい。」

「あ。」

 それだ。僕が言わなければならなかったのは。

 老境の学園理事長、女生徒に淫行……などという、桃色がかった容疑の心配も、無論ある。だがそんな、自分の社会的な立場なんぞより、もっともっと大切ななにかを踏みにじってしまったのではないか……そういう心配のほうが、ずっと大きい。

 この子は、僕に、なにを見ていたのだろう。

「ケガしてるの、ぜんぜん、気がつかなくて……」

「いや……。」

「痛い?」

「あ……うん、言われてみれば、確かに痛む。先程までは、自分でも全く、気づいていなかったのだが……」

「じゃあ、もう言わない方がいいね。黙ってるから、忘れてね。」

 冗談めかした口調で、そんなことを言ってけらけら笑う。喉を潰したような、耳障りな声。なんだか、さっきまでとは別人のようだ。

「……済まないことをした。」

 自分の過ちのせいで、困難な状況に直面した時には、できる限り正直に振る舞う。それが問題を解決する、一番の早道です……

 などということを、大学の卒業式なんかで毎年、偉そうに訓示してきた身だが、いやはや、これはなかなか、難しい……

「君に、呼びかけられた時……それが本当に、自分のことだと思いこんでしまったのだよ。名前も同じだったし……遠い昔、確かに君に……君によく似た少女に、出会ったことがあるような気がして……」

 話していると、自分の中の少年の部分が、また頭をもたげ出す。いけない、いけない。もっと、年相応の口をきかなければ。

「僕はもう、だいぶ、ボケが来ていてね。ちょっと油断すると、心がすぐ、若いころの思い出の中へ飛んでいって、今の自分を見失ってしまう。本当に、失礼なことを……」

「ね、あの話ほんと?」

 腹を立ててはいないと、言外に伝えてくれているのだろうか。唐突に、殊更に明るい口調で、少女がそんなことを尋ねてくる。

「もし、子供が自分の道を探したいと思ったら……邪魔するものって、本当になにもないの?」

「……ああ……」

 ない、と惣一郎が保証したところで、いったいなにになるだろう。

 現実に、この子はなにかに捕われている。切なさに、目が潤む。

「……あるのかもしれないね。この時代に生きている子供の、すべてが幸福になったなどと、自分の満足のためだけに言ったりしては、いけなかったと思う。だが……」

 だいちゃん。早乙女君。藤島君。青春の半ばで死に追いやられた、僕の友達。

「これだけは、言っていいと思うんだ……。世の中は、少しずつ良くなっているんだよ。いつの時代にも、不安をかき立てるような要素があり、悲しくなるような理不尽がある。それでも、子供たちは生まれてくる。それは決して、前の時代の傷を引き継いで、後世に伝えていくためなんかではない。それを改め、乗り越えて、より自由になるためだ。君は闘っていいのだよ。縛りつけてくるものから、全力で逃げてもいい。その権利だけは、少なくとも、認められる世の中にしてきたつもりだ。僕は……」

 いつの間にか、さっきの縞猫が戻って、すぐ前の地面に、行儀よく座りこんでいる。

 目を、まん丸く見開いて、惣一郎の顔を、朝礼の時の生徒みたいに生真面目に眺めている。それを見たら急に、己の力説っぷりが客観視されて、かあっと恥ずかしくなる。

「いや……いかんなあ、どうも。爺は、説教臭くてイカン。」

 照れ笑いをすると、少女も一緒に、声を立てて笑った。猫が、水を差すような冷静な声音で、ニャー、と鳴く。

「おじいちゃん。しばらくの間、自分で頭押さえていられる?」

「え?」

 唐突に「おじいちゃん」と呼ばれて面食らいつつ、それでも惣一郎は、言われた通り、自分で自分の傷口を押さえる。

「さっきの人、もうすぐ戻ってくると思う……。あんまし会いたくないから、オイラ、もう行くね。」

 そう言って、獣のような素早さで、後ろの薮の中へ駆けこんでいく。

「あ……」

 待ってくれ、と、惣一郎が叫ぶ前に、少女は立ち止まり、振り返る。

「あのね。オイラもよく、友達から、天然ボケってゆわれるの。」

「…………?」

 別れ際に、いったいなんの話だろう。惣一郎が首を傾げて黙りこんでいると、少女はいたずらっぽい笑顔を浮かべながら、こう続けた。

「だから……きっとボケ同士で、波長が合っちゃったんだねえ。」

「……はははは。」

 笑っていると、後ろからガサガサと音がした。あの少年が、戻ってくる。

「さよなら。」

 と言って、少女は笑いながら、ひらりと手を振る。

「オイラ、ここで闘ってみる……。さよなら、おじいちゃん!」

 そうして、林の中に消えていった。縞猫が、それに従う。

 再び現れた少年は、少女がいなくなっているのを見て、ほんの少し、忌々しそうに顔をしかめたが、特に、意見はしなかった。

 

 

 

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