5
月夜茸
おれは猫だ。おれはおれの道を行く。
おれともしゃもしゃは、ニンゲンの作った坂道を越えて、雑木林まで足を伸ばす。
倒れた木を跨いだもしゃもしゃが、なにかを見つけて立ち止まる。
「あれ? この人たちって……」
朽ちたところに、平べったいきのこぼっこが、塊になって生えている。
「あれじゃん……スーパーに売ってる、えーと……ひらたけだ、ひらたけ!」
少し取って、くんくんと匂いを嗅ぐ。
「うん……ニオイも……この、裂いた感じも、似てるよーな。」
しばらく、じっと立ち尽くしてから、ちょっと首を傾げて、困った顔でおれを見る。
「ねえ、きゅうり、この人たちって、食べられる人たちだよねー?」
知るか。猫は、きのこぼっこなんぞ喰わん。
「うーむ、肉厚……見るからに、食用……。コンソメで煮たら、さぞや……」
そうして、手のひらにいっぱい、でっかいやつをむしり取る。
その夜、小さな建物の中に入り、青い少しの火の上でくるくるまわるもしゃもしゃの手に、また見とれていたら、急に扉が、音もなく開いた。
「ふわあ!」
もしゃもしゃが、仰天して飛び上がる。おれも、肝をつぶして飛び上がる。
戸口に、のっぽがいた。ひゅうっと吹きこむ冷たい風を背負って、やはり、気配もなく佇んでいる。
「……この匂いか。」
「こっここここんばんわ~」
壁にへばりついたもしゃもしゃが、恐怖のあまり、ひっくりかえったおかしな声を出す。おれも、後先考えず、のっぽの足の下をくぐって、建物の外へ飛び出す。
それから、もしゃもしゃが心配になって、そっと覗きこむ。
のっぽは黙ったまま、今朝、もしゃもしゃが集めたきのこぼっこを、ひとつつまみ上げたところだった。
ひっくり返して、匂いを嗅ぐ。それから、縦にふたつに裂いて、戸口から差しこむ月の光にすかして、じっと見つめる。
そして、また頭のてっぺんから、黒い怒りを噴き出しながら、スープのナベをつかんで建物の外へ出てきて、おれの目の前の地面に、ざあっとこぼしてしまった。半煮えのきのこぼっこが、びしゃびしゃとしぶきを上げる。
「にゃっ!」
あぶねえ!
「なっ……なにすんのーん!」
もしゃもしゃが、泣き出しそうな声で言う。
「ツキヨタケだ。」
「つき……え?」
からっぽになったナベを、ぽいと投げ捨てて、のっぱは低い声で喋る。
「ツキヨタケ。ヒラタケやムキタケに似ているが、食べると中毒を起こす。今、学園の敷地には、ニガクリタケや、テングタケなどの猛毒のきのこも、大量に発生している。ニガクリタケには、その名の通りの苦みがあるから、いくら意地汚い貴様でも、うっかり口にすることはあるまいが、テングタケは非常に美味で、味だけでは毒と判断しにくい。食べると、腹痛や幻覚症状を引き起こし、最悪の場合、死に至る場合さえある。……素人がきのこに手を出すな。」
それだけ言うと、のっぽは立ち去った。
後に残されたもしゃもしゃは、その後、スープを作り直して、飲んで、眠りにつくまで、ずうっと陰気な、めそめそした口調で喋り続けていた。
「キライ。キライ。あんなやつ、大っキライ……」
おれは猫だ。ニンゲンの言葉はわからない。声音から、だいたいのことは、見当がつくが……
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