minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

5

  ぴりか先輩

 

 

「おーっしゃ、行くぞー内田。逃げんなー。」

 行こうか、行くまいか、まだ決心してなかったのに、容赦なくお迎えが来た。

 終業のチャイムが、まだ鳴り終わってもいなかった。きーんこーんかーんこーん、の、最後のこーん、が響く中、八雲くんはぴゅーっと紗鳥の座席までやってきて、二の腕をつかんで引っ張っていこうとする。

「ちょっ、ちょっと待って。あたしまだ行くって決めてない。」

「来ないでどうする。」

 心底驚いたような顔で、八雲くんが切り返す。

 紗鳥に行かないという選択肢があるなどとは、思ってもいない顔つき。この人、どれだけモテるんか知らないけど、他の人間の気持ちとか都合とか、あんまり考えてはくれないタイプだな、と紗鳥は思う。

「その、ともかく荷物だってまだ、まとめてないし。」

「じゃー待ってるから早くまとめて。10秒で。」

「じゅ……いや、あの、あたしが行きたくないって言ったらどうするの?」

「なんか、用でもあるのか?」

 そう聞かれて、ぐっと答えに詰まる。

 部活が、と言えたら、どんなにいいだろう。

 そう思った途端に、視界の隅っこに、視線を感じる。バレー部の子たちが、こっちを見ている。

 顔から血の気が引いていく。視野が、きゅうっとちぢんでいく。

 その、暗くて狭い視野の真ん中に、八雲くんがぬうっと顔を突っこんで、いたずらっぽく囁くような声で言った。

「どうせ、なんにもおもしろいことなんかねぇんだろ?」

「…………」

「ほれっ、用意しろっ、早く。」

 机の上の教科書やノートを、勝手にどんどん紗鳥の鞄に突っこんで手に持たせ、強引に引きずっていく。

 ドアを後ろ向きに通過しながら、机のフックに引っ掛けたままのスポーツバッグを、ああ、また今日も持って帰るのを忘れてしまった……と、すでに過去形で思う。さーよーうーなーらー、って感じだ。

 

 かさかさと、乾いた花を踏みながら、またあの林を通り抜ける。

 昨日はただぼーっと踏み入ってしまったから気づかなかったけれど、ちゃんと地面に、踏み分け道らしきものがついている。

 前を歩いていた八雲くんが、ちらりとこっちを振り返り、紗鳥の頭のてっぺんあたりに視線を向けながら、

「内田、身長何センチあんの?」

 と、ずいぶんと直球な質問をしてくる。

「179……てん、5、くらい。」

「うおー、負けたー。俺178だ。どうよ、そういうのって。大抵の男は、自分より低いわけだろ?」

「……どうよ、って言われても。」

「つき合う時とかさ。自分よりでっかいやつ探さなきゃー、みたいな。」

「……べつに……」

「あ、そ。」

 そう言うと、後はなにも聞かずに、黙々と先導していく。

 無愛想な奴、って思われちゃったのかな……と思って、紗鳥は少し、気まずい気持ちになる。

 かと言って、こちらから話すようなことは、なにもない。もともと話がうまいほうでもない。特に、男子とは。

 いったい自分、なにやってるんだろう。部活もしないで、こんなところを、理由もわからず、今朝初めて口を利いた男の子に引っ張られて歩いてるなんて……

「こんにちはーっ!!」

「うわあっ。」

 急に背後から、甲高い奇声が響いて、物思いから引き出される。

 振り返ると、紗鳥より30センチは小さそうな、ちょっと奇妙な感じの女の子が、紗鳥の顔を見上げて、にかにかと笑っていた。

「ひゃっひゃっひゃっ、よく来てくれたよう。うれしいよう。うれしいよう。今後ともよろしくねよろしくねよろしくね。」

 言いながら紗鳥の両手を取り、ぶんぶんと上下させる。腕を伝って、肩までウエーブが来るくらいの激しさ。

「は、はあ、あ、あの……」

 誰ですか? と言いたいのだが言葉が出ない。

 まるで知らない女の子だ。強烈な顔立ち……ぱっと見、すごくハデで、整っててきれいなのに、この耳障りな奇声と、この表情のせいで台無しになっている。目が、怖い。

 ほっぺたに、青いボールペンで、なにやらラクガキしたような跡がある。けたけたと笑う唇から覗く、鋭く尖った糸切り歯。自分でいい加減に切ったような、ざんばらの、もつれた茶色っぽい髪の毛。

 制服のスカートに、なぜかあちこち、色とりどりのペンキがこびりついている。その下には、右と左、色も長さも違うソックスと、サーカスのピエロみたいな、先の膨らんだドタ靴。

 上はだぶだぶの白いTシャツ……校則では禁止のはずだ。それも、右半分がスカートのウエストからぺろんとはみ出たシャツ・アウト。残りは実にいい加減にねじ込んだようなシャツ・イン。そして、むかーしの軍隊みたいな、すり切れた帆布のリュックサック。

 だらしない。

 というか、なんか、小汚い。

「だーからぴりか先輩! なんでもっとソフトに登場できねーんすか、脅かさないようにって、あれだけ言っといたじゃねーすか。」

 後戻りしてきた八雲くんが、ぶつぶつと文句を言う。

「脅かしてないもんっ。こんにちはってゆったもん。なんにも被ってないし、そふとだし、着いたらお迎えのじゅんびしよー、やさしくやさしくっ、とおもてったら先あるいてたから、ちょと先にアイサツしちゃただけなだもんっ。ねっ。」

 ぎゅうっ、と紗鳥の手を握りしめて、下から三白眼で、詰問するように言う。

「びっくりなんか、しなかったよ、ね。」

「しました。」

「はにゃ。」

 急に気の抜けた声でそう言って、女の子は紗鳥の手を離す。それから、すっと紗鳥から目を逸らして脇をすり抜け、先に立って歩き出す。

 その、追い抜き方が、まるで急にこちらの存在そのものを無視したような感じだったので、紗鳥はめんくらって、呆然と立ち尽くしてしまう。

「まあ……ともかく。」

 と、八雲くんが、眉根にしわを寄せながら、取りなすように言う。

「ここまで来たんだし。最後まで行こう。な?」

 それ、あんまり理由になってない、と紗鳥は思った。

 

 

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