minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

2

  特製メンチカツ定食

 

 

 スポーツバックをなくしてきた、ということに気がついたのは、おばあちゃんに、

「さっちゃん、あんた洗濯ものは?」

 と聞かれた時だ。

「あ……」

 夕食を食べる手を止めて、もう、必死で言い訳を考えている。部活をさぼっていることが、これですぐばれるわけじゃないのに。

「忘れてきた……みたい。」

「えー? なにやってんのぉ、昨日も持って帰って来なかったのに。今頃、汗臭ーくなってるよ?」

「うん……ゴメンなさい。」

「今日だって、汚いのをもっかい着直したんじゃないのかい? 気持ち悪かったでしょうが。それでどうして、今日こそちゃんと持って帰らなきゃって思わないの。タオルだって、サポーターだって、一日使ったら汗ぐっしょりになるって、さっちゃんが自分で言ってたんじゃないの。」

「ああ……うん、でも昨日はミーティングだけだったから。」

「でも、今日は練習だったんでしょう。もう夜だって暑いからねえ、明日の部活の時には、きっともう、すっぱーい匂いになってるよ。明日の荷物に、他のTシャツかなにか、ちゃんと余分に……」

「はいはい、わかってまぁす。」

 できるだけつっけんどんにならないように、紗鳥は返事する。

 汗の心配はないのだ。昨日も、今日も、部活には出なかった。ウェアも、タオルも、週末におばあちゃんが畳んでくれたそのままのかたちで、ぴっちりさっぱり清潔に、バックの底に収まっている。

 どこへ忘れてきたのだろう? 教室から出た時、手に持っていたのは間違いない。あの林の中で、逃げ回っているうちに落としてしまったのだろうか。それとも、あの忌まわしい建物の中に、置いてきてしまったのか。

 いや、それ以前に、あれは、ほんとうに現実の出来事だったのだろうか?

 4頭身のももんがあ(いつのまにか、紗鳥の頭の中で、そういうネーミングになっていた)、歩くクマ、パンク鬼、ジャージ幽霊……。

 あり得ない。あり得ない。あり得ない。

 そもそも、あのカビくさいゴーストハウス。あれからしてもうあり得ない。

 桃李学園は、リッチな家庭の子供が集う、リッチな学校だ。大学の校舎は、超有名な建築家の設計だとかで、広々とした中庭に、凝った噴水まであってすごくモダンな感じだし、高等部も中等部もエレベーターつき五階建て。体育館や講堂、図書館、寄宿舎や職員宿舎に至るまで、全棟きっちりバリアフリー、全てのトイレにウォシュレットまである。

 そんな学園の敷地内に、あんな古ぼけた建物が存在するだなんて、絶対に信じられない。

 考えこんでいたら、箸が止まってしまった。おばあちゃんが、また咎めるような声で言う。

「さっちゃん! ぜんぜん食べてないじゃないの。」

「あ。」

 紗鳥は慌てて、どんぶりを持ち直す。まっしろいごはんが、やっと三分の一くらい減ったところ。えのきとわかめとお麩のお味噌汁も、金時豆の煮付けも、山盛りの千切りキャベツの上に横たわる特大メンチカツも、ほんのちょっとずつ口をつけただけだ。

 練習に出ていた頃は、これくらい、ぺろりと食べていた。おかわりもしたし、デザートまでいけた。すごくおいしいと思っていた。

 でも今は、苦しくてとても入らない。

 おばあちゃんとお母さんとで切り盛りしている食堂の、お昼の定食の残りの、特製メンチカツ。

 大きな鉄鍋の中で、一日中、たくさんのものを揚げて、揚げて、揚げまくった油の匂いが、以前はあんなに好きで好きで、嗅ぐだけで口の中に唾が溜りそうだったのに。

「ごめん……今日、ちょっと、食欲なくて。」

「なぁに言ってるの、あんた育ち盛りなのに。」

「うん、でも、今日はホントに……」

「ちゃんと食べないと学校で持たないよ。さっちゃん、運動だけじゃなくて、勉強だってたっくさんしないといけないんだから。頭ってねえ、こないだテレビで言ってたけど、もう、ものすごいカロリー使うんだってねえ。体全部の何パーセントだか使うって。勉強のできるのは、毎日ちゃんとバランスよくいろんなものを食べて、栄養を取ってる子だって。早寝、早起き、朝ご飯ってね。ちゃんとお米のごはんを食べないで、ヘンなもんばっかり食べてる子は、ごはん食べる子に比べて成績だって良くないって、調べたらちゃんとそうなんだって、どっかの大学の、偉ーい医学博士が……」

「ああ、はあ、うう」

 聞き流しながら、これをどうやって処理すればいいのかと考えて、途方にくれる。

 テーブルの下に、投げ入れたものをなんでも吸いこんで、宇宙の彼方にまで飛ばしてくれる、小さな異次元の穴でも、開いていたらいいのに……

 

 

 

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