第十話 サバトラのきゅうり、ニンゲンの娘に野良を仕込む縁
暖かい秋のまんなか おれは猫だ。おれはおれの道をゆく。 前頭葉は、あまりない。おれの思考は、エピソードの形を取ることはない。 もしゃもしゃはいつも喋っている。 「きゅうりさん。きゅうりさん。今日もごきげんですね。どうしてきみは、そんなにぴかぴ…
星の夜 おれは猫だ。おれはおれの道を行く。 夜、もしゃもしゃと一緒に、林を歩く。 「はー。さみーくなってきたね、きゅうり……」 夜露を踏んで歩く。もしゃもしゃを追跡するのは、なかなかおもしろい遊びだ。 「ハラへったな……。コンビニ行って、なんか買っ…
スープ おれは猫だ。おれはおれの道を行く。 おれの暮らしは、おれだけが持っている。 がちん、がちんと、何度かカタそうな音の後で、小さな、青い炎が灯る。 おれがぴゅっと飛び退ると、もしゃもしゃは、 「だいじょぶだよう、きゅうり。こんな小さい火、悪…
カササギ おれは猫だ。おれはおれの道を行く。 おれのヒゲは、朝の光にふるえてる。 ある朝、共に目覚めたおれたちは、一緒に林の中を散歩した。 「すばらしい朝だね、きゅうり!」 ほんとうに、すばらしい朝だ。夜中まで、しとしとと降り続けた細い雨が上が…
月夜茸 おれは猫だ。おれはおれの道を行く。 おれともしゃもしゃは、ニンゲンの作った坂道を越えて、雑木林まで足を伸ばす。 倒れた木を跨いだもしゃもしゃが、なにかを見つけて立ち止まる。 「あれ? この人たちって……」 朽ちたところに、平べったいきのこぼ…
冬至 おれは猫だ。おれはおれの道を行く。 おれはおれのヒゲを信じている。 庭の小さな建物の扉が、開かなくなる。見上げると、ぎらぎら光る、小さな鉄の塊が取りつけられている。 それを手に取って、ぼんやりと眺めていたもしゃもしゃの後ろから、またして…
生存競争 おれは猫だ。おれはおれの道を行く。 おれは、おれの食い物を調達する。 「はにゃーっ、きゅうり! そりはぁ!」 起き抜けのもしゃもしゃが、寒さに首を縮めながら、尊敬のまなざしでおれを見る。 おれの口にあるのは、まぬけな白いガーガーだ。もう…
影 おれは猫だ、おれはおれの道を行く。 おれは、おれの力を知っている。ニンゲンにはなく、猫にはある力がなんなのかを知っている。 もしゃもしゃのまわりを、おかしな影がうろつき始めた。 それは、次第に数を増し、互いに重なり合い、闇を深めていく。 「…
共鳴 おれは猫だ。おれはおれの道を行く。 おれはおれの為すべきこと、為すべからざることを知っている。 目覚めの季節が来て、天道の熱が日増しに強くなってきた、と、思ったところへ、雪が降った。 こんなものを見るのは、ずいぶんと久しぶりだ。多分、こ…
早春 おれは猫だ。おれはおれの道を行く。 おれの生は、善でも悪でもない。 なんとなく、巣のまわりを、長く離れる気になれない。 林の外周で、小鼠をいっぴき捕まえる。それをくわえてきて、入り口の前でいたぶって遊んでいたら、後ろの薮ががさがさと揺れ…