minor club house

ポプラ文庫ピュアフルから出してきたマイナークラブハウス・シリーズですが、以後はネットでやってくことにしました。とりあえず、版元との契約が切れた分から、ゆっくり載っけてきます。続きはそのあと、ボチボチとりかかる予定。

2013-11-04から1日間の記事一覧

10

継がれゆくもの 踏み分け道をそれた、小さな地面の窪みに降り立って、ふう、と大息を吐く。危ない、危ない。もうちょっとで、足を踏み外して、尻餅をつくところだった。 「湯浅君、理事長は退院なさったばかりなんですよ。こんな無茶をさせて……」 「しーっ。…

9

祝祭の気配 頭の傷と腰痛と、全身の痛みが治るまでに、ひと月以上を要した。 身辺整理のために、久しぶりに出勤してきた理事長室で、通風のための小さな窓を開け放つ。すると、高等部の方角から、風に乗って、なにやら賑やかな喧噪が流れてくる。 それにぼん…

8

サルベージ 薬箱を開け、ガーゼや消毒薬を取り出して、少年は素早く、惣一郎の後頭部の傷の手当を始める。 「いやあ……どうも、助かったよ……。」 ずっと黙りこんでいるのも居心地が悪い気がして、惣一郎は、殊更に爺らしい口調で、少年に話しかけてみる。 「…

7

伝えたいこと しばし、呆然とした沈黙が流れる。 なにをどう言えばいいのだろう。惣一郎が、混乱した頭をふりしぼって言葉を探しているうちに、背後の少女が、先に口を開いた。 「……ごめんなさい。」 「あ。」 それだ。僕が言わなければならなかったのは。 …

6

霧が晴れる 「なんの用だ、きゅうり……僕は探し物の途中なのだ。すまんが、邪魔をしないでくれ。」 誰か、男の……いや、低く、落ち着いた話し方ではあるが、まだ若い、少年の声。 聞いた途端、少女がびくりと身を起こす。恐怖に凍りついたような表情。瞳孔の開…

5

心から望むなら 「この世界は、相変わらずだよ。大人たちは今も、自分たちの傷を引き継がせるための形代として、子供たちの魂を呼び寄せている……。」 惣一郎の胸に頬を寄せたまま、ぴりかという少女は、そんな話を始める。 どんな世界だろう? この子はいった…

4

時の平行 「……どこに行ってたの?」 やがて、泣きやんだ少女が尋ねてくる。惣一郎の肩に、額をぎゅっと押しつけたままで。 節々がひどく痛んだが、今はこの子を動かしたくない。ぎしぎしと軋む関節を、懸命に黙らせつつ、惣一郎は同じ姿勢をじっと保つ。 「別…

3

暗転 踏み分け道は、大学の学食の裏に、まだ微かに残っていた。 大正時代に、惣一郎の父、桃園惣作が、私財を抛って建設した学校、桃園学園。当時の建造物は、戦時中に起きた原因不明の火災で、ほとんど焼失してしまい、今は事務棟だけが、ニセアカシアの林…

2

呼び声 5年前、腸に小さなガンが見つかり、入院と手術を経験して以来、惣一郎は己の死を、常に明確に意識するようになった。 遅すぎる……と、言われるかもしれない。いや、別にそれまでの人生を、不死身のつもりで、うかうかと浪費してきたつもりはないのだ…

第十一話 桃園惣一郎、扉の向こうを垣間みる縁 1

黄昏を行く人 「……という調査結果が出ております。ちなみに、このアンケートは前年度末、那賀信金がついに破綻を申告するより以前に、任意で実施されたものでありまして。ですから現状では、学費の支払いが困難になった児童生徒数は、これよりも、かなり増え…